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一段上へ

 アキラと別れ、瓦斯灯が疎らに並ぶ帰り道を歩く。見通しは良いが人気のない坂で、先程の出来事を思い返しながら一人憤る。


 何事もなく依頼を終え、気分良く帰宅できると思っていた。そこに、あの衛兵が現れた。


 鉢合わせたのは偶然なのだろう。しかし一度アキラを捕捉した途端、衛兵は食い気味に話しかけてきた。前回と違って、リシアにも一見まともに話を振るのがまた不気味だった。もっとも内容は前回と違って、仕切り直しのような妙な探りだった。


 それが殊更に気に食わなかった。


 アキラの言葉通り、衛兵は依頼をだしに使っている。前回の去り際にリシアが尋ねた依頼書と申請書について一言も出なかったことがその証左であるとはっきりと理解して、不愉快な思いが湧き出てしまった。


 皮肉混じりに再度尋ねてみようとも思ったが、蒸し返すのも時間の無駄のような気がして早々に切り上げた。これまた前回と同様に、目当てのアキラに引っ付いていた一女生徒に口を挟まれたのが気に食わなかったのか、何事か非難がましく言っていたような気もする。あの様子だと、アキラのリシアへの気遣いは杞憂だろう。


 一方で不安にもなる。衛兵の言葉と態度に不信感を持ちはしても、以前はちらつかされた依頼が気になったのは事実だ。こういったことに慣れているアキラが居たから、今回は毅然とした態度で断ることが出来たのだ。


 もしかしたら、上手く引っ掛けられてしまった迷宮科の生徒もいるのかもしれない。


 込み上げてくるものを抑えるために、別のことを考える。衛兵に声をかけられる前に何枚か選び取った依頼書の内容を思い浮かべた。


 そうだ。次こそは一段上に行くんだ。


 駆除という文字が散らばる文面が、不愉快な想いを消散させる。別れ際に確認した時は、変わらずアキラも乗り気だった。明日にでもとはいかないが、数日準備をして万全の状態で挑みたい。


 問題はリシアではなくアキラの方の準備だろう。時間も装備も迷宮科のリシアと違って融通が利かない。セレスタインから貰った小手と鋤だけで本格的な駆除に臨むのは、少し不安だ。


 腰に帯びた剣を見下ろす。ウィンドミル以外にも家での鍛錬に使う剣は何振りかある。幸い第六班との合同探索でアキラにもある程度剣の経験はあるから、本人の意向を聞いて貸してみようか。


 アキラの剣筋が脳裏で煌めく。


 その日に剣を握ったとは思えない、迷いのない動きだった。


 最初に共に迷宮へ行った時に感じた「筋の良さ」は、思い違いではなかった。潜在的な素質を羨ましく思いながら、いつの間にか辿り着いていたスフェーン邸の裏口を叩く。


「ただいま戻りました」


 薄暗い台所に足を踏み入れる。廊下から、仄かな蝋燭の灯りを手に執事が顔を出した。


「お帰りなさいませ」


 一礼のち、卓に灯りを置いてウルツは荷物を受け取る。


「今日は如何でしたか」

「何事もなく終わった。依頼の報告まで出来たし、私もアキラも怪我一つなかったから……よく出来たと思う」


 それから、迷宮内での出来事を話す。楽しげなリシアの話に耳を傾けながら、老執事はそれとなく少女を応接間へと向かうよう促した。おそらくスフェーン卿が娘の帰りを待っているのだろう。


「次は駆除の依頼を受けようと思ってるの」

「おや、それは……気を引き締めなければいけませんね」


 執事は廊下の途中で足を止める。


「一人で駆除出来たのはネズミくらいだけど、他の動物はどうなんだろう。やっぱり、少し心配」

「大体膝より体高が上の生き物に、真っ向から立ち向かうのは難しいと聞いた事がございます」


 その言葉もまた何処かで聞いたことがあった。念のため、リシアは執事に尋ねてみる。


「じいやは動物を倒したことはある?ジオードにいた時とか」

「野生動物は、相手取ったことはありませんね。ドレイクや二足歩行をする異種族とは急所も違うと思いますが」


 執事は顎をさすり、考え込むような仕草を見せる。


「大きな生き物なら、一撃で絶命させようとは思わず距離を取って動きを止めたほうが御しやすいでしょうね」


 執事の言葉を反復する。至極真面目な表情のリシアを見つめ、執事は微笑んだ。


「まだ次の依頼まで時間があるのなら、一緒に調べてみましょうか」

「ありがとう」


 再び応接間へと向かう。


 薄暗く明かりが灯る部屋の中では、案の定父が寛いでいた。


「おかえり、リシア」

「ただいま戻りました」


 一礼した視線の先に、手紙を一通見つける。


 駅の中で見た紋章の封蝋から目が離せない。戻りの挨拶もそこそこにスフェーン卿に尋ねた。


「あの、碩学院から」

「そうそう。昼間に来ていたみたいだよ。きっとシノブ教授からじゃないかな」


 炉の件だ。


 椅子に腰掛け、手紙を手に取る。傍から執事が差し出してくれた箆を借り、開封した。折り畳まれた紙を引き出す。何枚か重なっているそれを、滑り落ちないように注意して広げる。


 確かに、シノブからリシアに当てられた手紙だった。シノブらしい簡潔な文面に目を通し、重ねられた領収書と小切手をまじまじと見つめる。


 並んだ桁に、手が震えた。

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