地質調査(2)
二人は淡々と作業をこなす。クズリに襲われることもなく、ごく穏やかに時間が過ぎていった。資料収集も二つ目の小通路で岩盤に行きあたって少し手こずった他は、アキラの手を借りて難なく集めることができた。
その一方で、最初の小通路から次の目的地に向かう途中に何度か湖帰りらしい冒険者とすれ違った。未だ湖の小迷宮は人気の探索地らしいが、一時期と比べると明らかに熱りは冷めている。それでもまだ往来は多い。改めて周囲に耳を澄ませてみれば、足音や囁きが聞こえそうなほどに人の気配に満ちていた。
「動物、全然いない」
二箇所目の小通路の最奥で穴を掘りながら、どこか寂しげにアキラは呟く。言われてみれば、ここにはネズミすらいない。往来が多いだけではなく環境の管理も徹底されているのだろうか。冒険者の多い通路と学生の多い通路の違いに、リシアは複雑な思いを抱く。
三つ目の小通路で資料を採取し終えた後、リシアは休憩を提案した。過半で休憩を取るつもりが、うっかり行き過ぎてしまった。それほど順調に作業は進んでいる。
待ち兼ねたようにいそいそと包みを取り出すアキラに倣って、リシアもまた包みを手に取った。折り込まれた葉の端を探し、膝の上で広げる。
更にもう一つ、竹皮の包みが出て来た。
「これがオニギリ?」
「……ちょっと思ってたのと違った」
無表情だが、発言を聞く限り出て来たものは予想外の代物だったらしい。アキラは繁々と包みを眺め、皮を剥く。包みと同じ四面体に整形された薄茶色の米が現れた。
「チマキ、かもしれない」
「チマキ?」
新たな料理名を呟いて、アキラは弁当にかぶりついた。断面には米に混じって肉や木の実、刻んだ卵の黄身が散っている。料理をじっくりと味わったのち、同輩は口を開いた。
「オニギリの仲間」
オニギリ改めチマキを眺める。竹皮を解き顔に近づけると、甘く香ばしい匂いがした。浮蓮亭の料理にもよく用いられているハッカクと、豆を発酵させた調味料の香りだ。一頻り匂いを楽しんだ後、四面体の頂点をかじる。
なるほど。
「お米って、こうやって食べるんだ」
「多分これは蒸してる。もちもち」
もちもち、と復唱する。「粘り気があって柔らかい」とアキラが言った通りの食感に、様々な具が変化を加える。歯応えの良い木の実に、粉っぽい舌触りの卵の黄身。甘めに味付けした肉はより香り高い。
チマキを半分ほど食べて、付け合わせを見つける。楊枝に刺さった漬け物の酸味は疲れが吹き飛ぶようだった。
「ゴチソウサマ」
一足先に食事を終えたアキラは竹皮を折り畳む。最後に楊枝を刺して端をとめて、包みは小さな三角形の塊になった。少し遅れてリシアも完食する。見様見真似で折ると、アキラのものよりも一回り大きな三角が出来た。
「美味しかった」
水筒の水を飲んだ後、満足げに呟く。同時に脳裏を過ったのは、アキラが怪我をした日に一人で食べた弁当だった。あの時とはまるで満足感が違う。
「あと一本、頑張ろう」
湧いてきた気力を反動に立ち上がる。アキラも頷いて、土汚れを払った。
本通路へと戻る。リシア自身の言葉が足を急かす。あと一本。あと一本、何事もなく探索して地上に戻ることが出来れば。
響く足音に異音が重なる。
女学生二人、ほぼ同時に立ち止まる。反射的にそれぞれの武器に手をかけた。どこから聞こえてきたのか。音の正体を探りつつ、小通路の出口へと足を進める。背後からではない。しかし確実に近づいて来ている。
出口で鉢合わせたら。何度も想定を繰り返しつつ、リシアは先立って前を行く。
大石が転がるような音は、どこかで聞き覚えがあった。
小通路の出口を遠巻きに見つめる。瓦斯灯に不審な影がちらつく訳でもなく、野生動物の気配も無い。割れ目から顔を覗かせ本通路の様子を探る。
途切れ途切れに音が響く。警笛の故障か、とも思ったが、それならもっと冒険者や衛兵が騒いでいるはずだ。
「あら」
ごく近くで誰かが声を発した。地上口の方向に目を向ける。遅れて、ウィンドミルの切先。
仄かな灯の下、見覚えのある二人が立っていた。
ケインが「関わるな」と念を押してくれたはずの組合員だ。
「また会いましたね」
鈴を転がすような声が不気味だ。アムネリスと呼ばれていたフェアリーは、先日と寸分違わない姿で歩み寄る。思わずリシアはたじろぐ。
「偶然って不思議ね」
そう呟いて、アムネリスはリシアの背後に回り込む。少女を観察するような動きに気圧され、喉で止めていた言葉が溢れでた。
「お互いに関わらないと、話をつけたと聞きましたが」
「ええ。でも、ねえ。迷宮であったのなら挨拶ぐらいしておきたいでしょう?」
そこの貴女も、とフェアリーは割れ目の前で囁く。鋤を構えたまま、すぐにでもフェアリーに踊りかかりそうな雰囲気を帯びたアキラにリシアの方がぎょっとしてしまう。
「おや、あなた方は」
続いてやって来た冒険者もまた見覚えのある異種族だった。暢気な声音に革の面、華やかな尾羽。ネズミに襲われた女学生の処置をしてくれたハルピュイアだ。
ウゴウ、アムネリスの二人と行動を共にしていたのだから、当然彼も「夜干舎」の一員なのだろう。
「いつぞやの」
会釈をしながら告げる挨拶を、異音が掻き消す。異音どころではなくなっているうちに近づいて来たソレは、ハルピュイアの肩越し、遥か後方で袖を振った。
のろのろと這いずる異音の主も、面識のある「御使」だった。




