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難物

 棟裏で佇む女生徒を窓から見下ろす。何処からも死角になる木陰に隠れた話し相手が油断するとも思えないが、先程渡した情報の内容を考えると、事が済むまで見守りたい。何しろ相手は調査対象の少女だ。書類の内容が知れたらどんな騒ぎになるか。


 それに、班長が悪癖を出さないとも限らない。普段下手を打つことはないが、時折衝動的とも思えるような加虐心を見せることがある。それが「今」ではないことを、祈るばかりだ。


 程なく女生徒が急足で立ち去る。怪しい素振りは見えなかった。何方かはわからないが粉でもかけられたのだろう。ほっとして、窓から離れる。


「ゾーイ先輩」


 鈴を転がすような、とでも形容すれば良いのだろうか。妙に耳障りのいい声で名を呼ばれる。


 どうにも苦手な声の主に無視を決めようとして、廊下を歩く。


「先輩」


 もう一度呼ばれると同時に袖口を摘まれた。流石にこれ以上は無視も出来ない。立ち止まり、振り返る。


「何」


 目があった。自身が映り込みそうなほど澄んだ瞳から少し離れる。


「ごめんなさい。どうしても、お話をしたかったから」


 少女は袖から手を離す。


「話か」


 彼女の「話」がどんな結果をもたらすかは知っている。つい先日も、採集組が機能不全に陥りそうになったばかりだ。


 当たり障りのない返事をせざるを得ない班長とは違い、ゾーイには不和を度外視して好きに言う自由がある。無論、話に乗るつもりは無い。


「他にもっと適任がいるんじゃないか」


 拒絶を感じ取ったのか、マイカは悲しげに眉尻を下げる。恐らく、多くの人間に対してこの表情は罪悪感を掻き立てる作用を及ぼすのだろう。


 更に拒絶する。


「そういう友人はたくさんいるだろう」

「……シラー先輩に近い、貴方にどうしても聞いてもらいたくて」

「それなら副班長が尚の事適任だ」


 口を噤む聖女に畳み掛ける。


「苦手なのか」

「いいえ、そんなことは」


 ただ。


 蜂蜜色の髪が、薄らと目にかかる。


「私と同じ意見だと、思って」

「意見?」


 怪訝な顔をする。何か班内で目立った対立でも有ったか、記憶を思い返す。


 程なく一つ思い当たった。まさかとは思いつつ、口に出してみる。


「君の元班長の事か」


 マイカの目が一瞬だけ鋭い輝きを見せた。その「我」にゾーイは内心驚く。


 人の配慮を上手く扱う彼女は、表面上は控えめに振る舞う筈だ。そうすれば誰もが勝手に意を汲んで、すべてを計らってくれる。


 側から見れば、自我など無いようにさえ思えるのだ。


 そんな彼女の見せた自我に興味を持ち……一歩引く。


「抜けた班に未練でも。それとも後ろめたいのか」


 十中八九加入案のことだとは思いつつ、あたりを探るような返答をする。


 再びマイカは聖女然とした眼差しで見つめる。


「……私、お二人のことを持て余してしまうと思うんです。今の第六班では」


 想定通りの用件ではあったが、聖女の物言いに面食らう。


「持て余すとは」

「彼女達と再び迷宮に向かいたいと、ゾーイ先輩はお考えですか。これからの遠征に同行するのを想像できますか」


 黙する。


 アキラには助けてもらった恩がある。それは置いといて、その後の展開を思い返す限りまだまだ冒険者としての心構えが出来ているようには思えない。


 ましてやもう一人の女生徒は、戦士としても半人前だ。


 遠征は荷が重い。そうでなくとも、信頼は置けない。


「かと言って、採集組は適所ではないでしょう。特に、アキラさんは」


 加入するなら採集組だとゾーイは思っていたが、マイカは……恐らくは班長も、ゾーイとは異なる見解を持っているらしい。過大評価にも思える言葉に、特に返事もせず耳を傾ける。


「彼女達は並び立つには未熟で、補助を任せるにはもったいない。確固とした方針がなければ徒に人員を増やし、足並みを乱すだけ」


 一転、マイカは声勢を落とした。


「それに、彼女達の意思もあります。併合を好まない人は多いでしょう?きっと……彼女には他に目指すこともあるでしょうし」


 取ってつけた言葉では無いようだった。その落差に引っかかりながら、ゾーイは辿々しく呟く。


「君は加入に反対で、それは自分も同じはずだと」

「はい」


 もちろん、そうでしょう。


 そう言わんばかりの眼差しに呆れる。


「私達の意見ならきっと、班長も」

「申し訳ないけど」


 聖女は幼気に首を傾げた。


「協力する気はない。今更君と自分が口を出したところで、彼が考えを変えるとは思えない」


 何か言い出そうとする聖女を阻む。


「腑に落ちないのなら直接班長と掛け合ってくれ」


 無論、それを避けたかったからゾーイに尋ねたのだろう。だが此方としても、橋渡しなんて願い下げだ。


 ふと、結局話し込んでしまっていることに気づく。


「君なら、班長も話を聞くぐらいはしてくれるかもしれない。似ているから」


 そう告げたのは全くの本心だった。


 激励とも思えない、皮肉にしか聞こえない発言にマイカは一瞬目を丸くする。


 そして、花が綻ぶように微笑んだ。


「わかりました。少し、残念ではありましたけど……きっとまだ望みはあります。助言を参考に、もっと深く考えてみますね」


 礼をする彼女を見つめ、ゾーイは自身の彼女への評を再確認する。


 やっぱり、苦手だ。

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