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意趣返し

 遅めの昼食を取るために、そして手渡された書類を確認するために、シラーは人気のない場所へと向かう。その後をついて行くわけでもなくデーナは踵を返して立ち去った。


「また午後に」

「おう」


 購買の菓子が残ってないかを確認するために食堂へ向かったようだ。あまり書類に興味はない、むしろ避けてすらいるように思える素振りに溜息をつく。


 彼女のような、冒険者として充分にやって行ける実力を持つ女生徒にとって書類の内容は不愉快なものなのだろう。内心はらわたが煮え繰り返っているはずだ。


 他方のシラー自身はと言えば、不快に思えど特別憤りを覚えることはない。今のところ無関係というのもあるが、他人を利用するという点で、シラーもまたこの件の裏にいる者と同じだ。


 ただ、邪魔になりそうなら潰す。利用できそうなら使う。それだけだ。


 引っ掻き回してみたいという性根の腐った思いが全く無いとも言えないが。


 迷宮科棟の裏に回る。いつぞや赤いジャージの少女が飛び越えてきた塀の影で腰を下ろした。


 近道か人目を忍ぶような目的でしか、誰も訪れることのない場所。仮に鉢合わせたとしても、大抵の相手はこそこそと踵を返す。手元に置くのも恐ろしい資料を読み耽るには好都合だ。


 表紙をめくったその手を、懐に入れる。携行用の焼きしめた粉菓子を探して、無造作に包み紙を口で剥いた。上品さのかけらも無い仕草に、シラー自身呆れてしまう。


 何を焦っているのだろう。


 堅果と乾酪の練り込まれた菓子を齧る。短い休憩時間のせいではない。情報の扱いのせいでもない。慢性的な焦燥の原因は、シラーにもよくわからなかった。


 うんざりするほど甘ったるい菓子を食べながら、焦燥を紛れさせるために書類を読むと、自然眉間に皺が寄る。


 時折、自分が何をしているのかがわからなくなる。目的を見失ってしまう。膨大な情報に埋もれてしまうのか、目の前の課題に阻まれてしまうのか。それが焦燥の正体のような気がして、腑に落とすために書類から目を逸らす。


 途端、そう遠くない場所の足音に気がついた。


 焦燥の尻尾を掴み損ねて、シラーは鼻白む。真っ直ぐにこちらに向かってくる足音の主に備えて、書類を重ね変えた。


 迷宮科の女生徒が姿を見せた。購買の包みを抱え誰かを探すように辺りを見回す少女は、木陰にシラーの姿を見つけて目を丸くする。


 件の女生徒だ。間が悪い。


 作り慣れた笑顔で会釈をする。相手もまた微笑んでこちらに歩み寄る。なおのこと状況が悪くなったような気がして、内心シラーは窮した。


「ご機嫌よう、シラー先輩」

「ああ……ご機嫌麗しゅう」


 迷宮科では殆ど忘れ去られてしまったお行儀の良い挨拶を返す。十九班の女生徒はシラーの隣まで歩み寄り、屈み込んだ。


 消毒液の匂いが香る。


「ここによくいるとは聞きましたが、本当にいらっしゃるなんて驚きました。てっきりマイカ達と一緒に、いつも賑やかに過ごされているかと」

「静かなのも悪くはないからね」


 本題とも思えない会話の最中、女学生はシラーを見つめる。あまり好きではない目の輝きに気付いて、一層笑顔を張り付かせた。


「ところで、何を」

「班の活動のことで相談が」


 女学生は首を傾げる。


 相談ね。


 第六班の聖女の所業を思い出し、内心嘲笑う。彼女の「相談」にはそれなりに技術がある。自尊心を利用されて使い潰されていく生徒には気の毒だが、見ていて感心してしまう部分もあるのだ。


 目の前の女学生はどうなのだろうか。


 書類に目を向けさせないためにも、シラーは相談に乗る。


 班の構成と進行している課題をそれとなく聞き出した後は、彼女の話すがままに任せる。班長の話になったあたりから、案の定雲行きが怪しくなってきた。


 「愚痴」に見切りをつけて、当たり障りのない返答をする。シラーの言葉に満足したのか、女学生は満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を告げた。


「ありがとうございます」


 人を掃き溜めにして、よく笑えるな。


 腹の中で毒付く。その隙に、女学生は距離を詰めた。


「それと、もう一つ」


 目が合う。


 これからが本題か。


 うんざりしながら、言葉を聞き流す。


「……ごめんなさい。相談の上に、その」

「いや。気持ちは嬉しいよ」

「……」


 沈黙の後、女学生は包みから菓子を取り出す。よく手渡される人気の菓子だった。


「これ、相談のお礼です。好きなお菓子だと伺ったから」

「気を使わなくても」


 差し出された手が退くことはない。ありがとう、と小さく告げて菓子を受け取った。


「お返事、待ってます」


 会釈をして、女学生は走り去った。菓子を片手に背中を見送る。


 距離を詰められた時は焦ったが、書類を注視しているような様子は無かった。溜息をついて脱力する。再び書類を手に取り、十九班に関する資料に改めて目を通した。


 彼女の意図は、何となく察することが出来た。


 おそらくシラーを利用しようとしている。


 女学生の目に宿った妙な色を思い出して、シラーは舌打ちをする。向こうから巻き込んでくるとは。苛立ちと好奇心がない混ぜになったまま、二部目の書類に手をつけた。

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