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外野

 ウゴウという名のセリアンスロープが率いる「夜干舎」が立ち去った後の浮蓮亭には、なんとも形容し難い空気が漂っていた。


 戸を開け放したまま、ケインは眼前で手を合わせる。


「申し訳ない」


 その場にいる全員に向けての謝罪のようだった。最も店主からの反応は無く、同じ組合のハルピュイアからは相変わらず冷たい目で見られている。リシアとアキラもまた、釈然としない表情で本職冒険者の様子を伺う。


「特に女学生。怪我までさせてしまうなんて……まさか子供に手を出すとは」


 ケインの言葉を聞いて、アキラは額に触れる。既に血は止まり、かさぶたに塞がれていた。


「まやかしが通じないと察して実力行使に出たのか」


 赤銅色の目を細める。これまでの人なっつこさが一切欠けた瞳を見て、リシアは総毛だった。


 室内が暗くなる。路地に出ていたフェアリーが店に入り、静かに扉を閉めた。


「駅の方へ向かったようです」


 そう告げるフェアリーの声は、いつもよりも硬く低い。嘆息するようにどこかの節から呼気がもれる。


「今日は一先ず、立ち去ってくれました。しかし次はどうするつもりなのですか」


 そこまで言って、店内の女学生二人の様子に気づいたらしい。明らかに気不味げな様子で顎を閉じ、再び開く。


「額に」


 即座に、アキラは右手で傷を隠した。俯く同行者の横顔をリシアは落ち着かない心地で眺める。


「治療はしましたか」

「かすり傷です」


 視線を下げたままアキラは答える。


「明日には塞がります」


 少女の言葉に異種族は引き下がるように頷いた。それでもなおアキラは額の傷を隠している。


 再び、フェアリーは代表に向き直った。


「……先送りにするのは構いません。それよりも、説明が欲しい」


 珍しく強い語気だった。発言を最後にフェアリーは隅の卓に着く。


 周囲を慎重に窺いながら、ハルピュイアは赤子を籠の中に寝かせる。静かに席を離れてライサンダーの向かいに腰掛けた。


「何でかわからないけど耳が効かなくてさ」


 肘をつき、非難がましく呟く。


「今回は、話し合う気は無かったってこと?」

「それはだな、うん」


 ぺたりとセリアンスロープの耳が頭に張り付いた。


「そうでなければ、ライサンダーではなくハロを同席させたはずだからな」


 簾の向こうで掠れた声が差し込む。


「聞いてて結構面白かったぞ」

「あそこまでエルヴンを嫌うドヴェルグには初めて会いましたよ」


 店主とライサンダーの発言を聞いて、何となくリシアはフェアリー同士の背景とケインの目的を察する。「フェアリー」と一口に言っても、そこには多くの種が含まれる。中には一触即発というような関係性を持つ種もいるのだ。ライサンダーとアムネリスと呼ばれていたフェアリーは、そういう間柄なのだろう。


 そしてわざわざその二人を同席させたということは、最初から話し合いの破綻を目的としていたのだ。


 底冷えのする手段だ。


 セリアンスロープを盗み見ると、彼女自身今回のやり方には思うところがあるようで、項垂れていた。


 ケインにしてみれば、今回の出来事は「奇襲」だったのかもしれない。その上女学生二人を巻き込む形になってしまった。


 フェアリーが言うところの先送りに持ち込んだのは、彼女なりの配慮だったのだろうか。


「まあ、感心はしない方法だな」


 店主の追い打ちに返す言葉もなく、ケインは再び頭を下げた。


「すまない……」


 誰のものともつかない溜息が寂しく響く。


 息苦しいほどの沈黙。


「あの」


 耐えられなくなって、恐る恐るリシアは声を上げた。


「今回のこと、すごく驚きました」


 もっと他に言いようはあるだろうと思いつつも、率直に告げる。


「彼らはまた、来るんですか。またアキラと私に」

「それに関しては、向こうと話をつけた」


 赤銅色の耳が直ぐ立つ。


「君達には関わるなと。あいつもそれに関しては同意見だったからな」

「あいつね」


 ハロが嗤う。


「仲良いんだ」


 より一層空気が重くなる。


 席を外しましょうか。


 胃の痛みに任せてそう叫ぼうとする。


「財布を忘れました」


 突如、隣のアキラが立ち上がった。同時に耳にした言葉の意味が飲み込めず、ただ目を丸くする。


「店主さん、今日は食事が出来ません。ごめんなさい」

「……いや、構わない」


 全くの無表情で淡々と告げるアキラに、然しもの店主も言葉少なく返事をする。異種族の側を通り扉を開けたアキラに幾らか遅れて、リシアも席を立った。


「えっと」


 店主への礼や別れの挨拶やらが混雑して、喉元でつっかえる。なんとか「それじゃあ」という一言だけを絞り出して、女学生二人は店を出る。


 セリアンスロープの言葉が微かに、二人の後を追った。


 暗い路地裏でしばらく立ち呆ける。歩き出したのは先と同じく、アキラだった。


「アキラ」


 名を呼びながら追う。夜色の瞳がリシアを一瞥した。問われたわけでもないのに、回り込むようにアキラは呟く。


「あの場に、居なくてもいいかと思って」


 冷たい言葉は、リシアの心中と同じものだった。ゆっくりと頷く。


 元は夜干舎の問題で、二人はただ巻き込まれただけだ。これ以上、事情を耳にする必要もないのだろう。


 そう割り切るには、大事だったが。


 隣のアキラを浮かない表情で見上げる。


 額を気にする少女もまた、納得の行っていないような沈んだ目をしていた。

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