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かたや閑談(1)

 総入れ替えの後、女学生二人は何故か店の奥に押し込まれた。開け放した扉の外で夜干舎の代表達は話を交わす。といっても、未だ核心に関わるような話ではないようだ。


「立ち会いを一人つけても良いか?二対一ではな」


 ケインの提案に、セリアンスロープは難色を示すように尾で地を擦った。


「どちらが不利なんだか」

「あら、私がどちらに着くか不安?」

「その通りだ」

「不利有利とかはともかくとして、冷静に話を聞ける人員が必要ということだ」


 ちらりとケインは自らの組合に所属するフェアリーに目配せをする。


「彼を同席させてくれ」


 途端、もう一人のフェアリーは剣呑な雰囲気を放つ。


「そう」


 短い返答がどうにも不穏だ。ハロもそれは感じ取ったようで、おずおずと代表を呼ぶ。


「ケイン、それ僕が立ち会った方がいいんじゃない?」

「ハロには赤ん坊の世話をするという責任重大な仕事があるだろう」


 笑う代表が店内に足を踏み入れる。静かに女学生の側をすり抜け、ハルピュイアに手を伸ばした。


「ともかく、心配は無用だ。今は気にしないでくれ」


 軽く側頭部に触れる。ハロが怪訝な顔をした途端、素早く身を翻した。


「ライサンダー、同席頼むよ」

「はい」


 閉まる扉の合間から、ライサンダーが会釈をする姿が覗いた。直前、アムネリスと呼ばれていたフェアリーが店内のもう一人の異種族に言葉を投げる。


「すぐに終わるから、待っててね」

「はい」


 閉ざされた扉に淑女は返答をする。入り口近くの席を恐る恐る押し除け、窮屈そうに隅に収まった。


「はじめまして」


 沈み込むように首を傾げた淑女に、女学生はいささか間を置いて頭を下げる。


「は、はじめまして……」

「見つかって良かったですね。ずっとお話をしたがっていたんです」


 淑女の上体が伸び上がる、ように見えた。元の大柄な体躯に戻った淑女は天井に日除けを乗せた頭をぶつける。


「小さなドレイクさん達も、夜干舎の方なのですか?」

「あ、いえ、私達は道案内を……うん……」


 ハロの視線を気にしつつ答える。特に責めるような振る舞いもなく、ハルピュイアは未だ泣き喚く赤子をあやした。


 そういえば、向こうも道案内をして来たようだった。夜干舎の所在は秘匿するべきことでも無かったのだろうか。


 もっともそれを問える雰囲気でもない。黙するリシアの背後で簾が巻き上がった。


「ほら、赤ん坊の食事だ」


 滑らかにすり潰した芋が満たされた小皿を、リシアはハロの卓に届ける。籠から抱き上げられ腕の中に収まった小さなドレイクは咳き込みながら次の泣き声を上げる準備をした。


「まったく、店は狭いんだから配慮してくれ。腹を空かせた子供を締め出すところだった」


 愚痴をこぼしながら店主はいくつか杯を出す。冷水を受け取り、少し息を整えて淑女の元へリシアは向かった。


「お水、です」

「まあ嬉しい。ありがとう、小さなドレイクさん、お店の方」


 布を幾重にも重ねた袖が杯を受け取る。その袖先がするりと指を撫でた。


 纏わりつくような動きと湿り気を感じて、息を呑む。


 改めて、まじまじと異種族の顔を見つめる。顔、なのだろうか。伏せた睫毛のように見える部位は肉の襞で、眼窩は無い。ドレイクの頭部の凹凸ばかりをなぞり真似たような造形だ。


 擬態。


 そんな言葉が脳裏をよぎった。


 淑女は杯を掲げ、頭から水を被る。突飛な行動を咎める声は一つとして上がらなかった。


「わ」


 再び淑女は胴を不自然に伸ばす。ハロの腕の中の赤ん坊を覗き込み、声に喜色を滲ませた。


「食べてますね。鰓があっても、鰓では食べないんですね」


 しげしげと観察するような振る舞いを見せる異種族に店主が声をかける。


「……あっちの夜干舎の組合員か」


 途端、淑女は首を捻る。ドレイクや他種族ではあり得ない曲がり方だった。


「えっと、少し複雑なのですが、私は組合員ではないのです。ウゴウさん達とは長くお付き合いさせてもらってます」


 再び淑女は店の隅に収まる。


「長期の依頼、と言うのが近いのかもしれません。私は陸が不慣れなので」

「オカ」


 女の言葉を復唱する。注視されたような気がして、背筋を伸ばした。


「もしや、南海の出身か」


 簾の向こうで店主が関心したように呟いた。


「竜宮か蓬莱か。何にせよ随分と長旅をしてきたのだな」

「まあ、海の話が出来る方に会うのは久しぶりです」


 淑女はいくらか衣を膨らませる。


 南海。大陸の東端から更に離れた、小さな島が点在する海域。名を知識としては知っていても、エラキスでは殆ど情報を得ることが出来ない地だ。


「……オークみたいなもん?」


 ぽつりとハルピュイアが呟く。素早く異種族は反応した。


「彼らも此処に?」

「いや、エラキスには一度来たきりだ」


 店主の返答に縮む。


「そうですか。少し寂しいですね」


 暫しの沈黙の後、話の筋を戻すように淑女はハルピュイアの方へ伸びた。


「オーク、オークですね。彼らともまた違うのです。彼らは鬼などと呼ばれますが、私達は御使と呼ばれます。陸の方々には」

「御使?」


 種族名というにはとっつき難い。淑女の言う名を口にしたリシアに店主が告げる。


「向こうの言葉を直訳した名だな。この一帯ではアンジュとか、エンジェルと言うんじゃないか」


 一転、耳慣れた言葉に代わる。尚更リシアは驚いてしまった。

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