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二つの夜干舎

 なんとも気不味い道中だった。


 もう一つの「夜干舎」の面子と和やかに会話出来るはずもなく、アキラと二人して足取りも重く浮蓮亭へと向かう。駅前広場を通る道を避け、細い路地を進むと訝しげにフェアリーが尋ねた。


「異国通りは随分と探したはずだけど……」

「あいつは用心深いからな。木を隠すなら森の中ということだろう」

「そういうものかしらね」


 セリアンスロープの返答に、妖精は鼻白むようにため息をつく。隣を歩く彼女の様子を盗み見ながら、外套の合わせ目からちらつく体にリシアは居た堪れなくなる。


 結構、物凄い格好をしている。


「フェアリーは初めて?」


 視線に気付いたのか、妖精はリシアを覗き込んだ。少し引き気味に首を横に振る。


「いいえ」

「あら、そうなの?物凄く興味深そうに見ていたから」


 首を傾げる素振りもどこか大袈裟だ。鷹揚に見えてこちらの一挙一動に気を張る注意深さを警戒して、より口が重くなる。


「……そういえば、前の雇い主がこの街に他にもフェアリーがいるって、言ってたわ」


 妖精は笑う。なんの裏もない世間話のようには思えなかった。何か、探ろうとしてる。傍らのアキラも口をつぐんだままだった。


「エルフと馴れ合うつもりは無いけどね」


 こちらが何も答える気は無いと見るや、妖精は肩をすくめる。エルフとエルヴン、語感は似ているが果たして。


 再び傍らのアキラを伺う。


 一瞬何かを尋ねるように口を開きかけ、すぐに平生の無表情に戻った。


 堪えた。胸を撫で下ろしつつ、煉瓦敷の道を進む。


 程なく見えてきた浮蓮亭の看板を示し、立ち止まる。


「あそこです」


 よっぽど憮然としていたのだろうか、男は覆面の下で苦笑する。


「本当に申し訳ない。君達に案内をしてもらったことは口外しないと約束するよ」


 それはそれで、どこか腑に落ちないものがあった。罪悪感に折り合いをつけるべく口籠ってしまったリシアの耳に、異様な音が聞こえてきた。


 路地の反対側、いつも入ってくる異国通りの方から人影が現れる。対向の一行に今は出会いたく無い顔ぶれを見つけてリシアは思わず顔を背ける。しかしすぐに、もう一人の異種族の姿に吸い寄せられるように目を見張る。


 路地に詰まりそうなほど巨きな淑女は、リシア達に気付くなり腰を曲げた。


 どこか湿っぽい貌がぬらりと迫る。


「まあ、まあ」


 袖で口を覆いつつ、異種族の淑女は声を上げた。


「ウゴウさん、そちらのドレイクさん達は?」

「ああ……」


 言い淀むセリアンスロープを、対向のハルピュイアが胡散臭げに睨んだ。男の返答を待つ間も無く淑女はひだを重ねた袖を翻す。


「もしかして、道案内かしら?私も道案内をしてもらったんです。こちらのハルピュイアさんとフェアリーさんが、探している方とお知り合いなんですって」


 淑女の言葉に、思わずまじまじと夜干舎の二人を見つめる。素知らぬ顔でハロは浮蓮亭の戸に手を伸ばし、引っ込めた。


 鈴の音とともに扉が開く。


 隙間から、赤銅色の耳が覗いた。


「来たか」


 一瞬、知らない第三者が声を発したと思った。それほどにいつもの明るさが欠けた声だった。


 代表にかける言葉を探すリシアの隣を、異国の装束と尻尾が擦り抜ける。


 ハロが素早く後ずさった途端、セリアンスロープの男は戸の隙間を覆うように立ち塞がった。


「やっと」


 怒号にも似た声が、路地に響く。


「見つけた。見つけたぞ。今度こそ夜干舎の名前を、返してもらう」


 リシアは目を見開く。思わず隣のアキラを見上げて、続いて周囲の人々の様子を伺った。明らかな驚愕を振る舞いに出しているのはリシアだけで、尚更困惑してしまう。


「……えーっと、代表から話は聞いてるよ。ヤカンシャさん」


 セリアンスロープの間合いから距離をとりつつ、ハロが告げた。


「取り敢えず中に入ったら?それから、部外者っぽい子達はここで解散ってことで」


 ちらりと女学生を一瞥する。それからもう一人のフェアリーと淑女を順に見つめ、いつもの調子を取り戻すように呟いた。


「こんな大人数で来るとは思わなかったけど」

「何、他に誰がいるんだ」


 店の中からいつものケインの声が返ってくる。異国装束のセリアンスロープの脇から顔が覗いた。


「アムネリス!」


 ケインは破顔する。面食らうリシアの隣でフェアリーの女がひらひらと手を振った。


「久しぶり。とりあえず元気そうで何より」

「そっちこそ。もしかして面子はあまり変わってないのかい?」

「そうねえ、その辺りの話もしましょうか」


 ごくごく普通の世間話が交わされる。セリアンスロープ同士のやり取りとはがらりと変わった応対に、リシアだけではなくハロやライサンダーも唖然としているようだった。


 フェアリーの女はリシア達から離れ、一声かける。


「ほら代表、さっさと入って」

「あの、私も同席してよろしいのでしょうか?」

「ん。彼女は見ない顔……種族だな。新しい組合員かい」

「そんなところかしら」

「じゃあお邪魔しますね」


 セリアンスロープを押し込むように、淑女は豪奢な衣を蠕動する。


「あ」


 か細い声が漏れて、中で何かが倒れた。随分と騒がしい周囲が気に食わなかったのか、ハロの腕の中で泣き声があがる。


 狭い路地裏が混沌とする。


「逆だ逆」


 途端、内部から掠れた鶴の一声が響いた。


「話がある奴らが外だ。赤子と、世話する者は中へ」


 一同動きを止める。


 数拍後、淑女は後退した。


「どうぞ、小さいドレイクさん」


 ぺこりと日除けの縁を下げる異種族にハロは応じる。


「ヤカンシャ代表は二人とも外。仲裁も外。それ以外は中。女学生は子守するから中」


 以上、とばかりに店主は黙する。突然の指示に反応が遅れたリシアの手を、アキラは引いた。

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