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狙い定め

 何か尾羽に来たような気がして、ぴたりと足を止める。辺りを見回した途端、腕の中の赤子が顔をくしゃりと歪めた。


「あっ、あー……」


 ぐずり始めた赤子を眺め、諦めたようにため息をつく。


 一瞬荒事の気配がした。その直感ももう薄れてしまって、断じることは出来ない。


 しかしハルピュイアと同様に何かを感じ取ったのか、傍らのフェアリーは触角をぴんと張っていた。荒事かは不明だが何かがあったのは確かなのだろう。


「今、何か音がしましたね」

「音までしてた?」


 流石にそこまではわからなかった。依然として辺りを見回すハロを他所に、ライサンダーは赤子を気にし始める。


「あやしましょうか」

「僕がやる」


 何度かフェアリーに預けてみても、赤子の方が慣れてくれない。結局ハロが子守を一任している。


 優しく背中をさする。何が気に入らないのかドレイクは一向に泣き止まない。


「まーた粗相かな」

「臭いは無いですね。お腹が空いたのでしょうか」


 機嫌を良くしてもらうために散歩に出たが、機嫌を損ねて帰ることになってしまいそうだ。抱っこ紐の結び目を締めて、異国通りへと向かう。


 その前に、先程の異変をもう一度ライサンダーに尋ねてみた。


「そういえば、音はどこから聞こえてきた?」

「麦星通りのように思えましたが」


 役所へと続く道へ視線を向ける。


 別段、変わりはない。


「……特におかしくはないね」

「いいえ」


 フェアリーは警戒するように、振動音を低く響かせた。


「通りへ入っていく人がいません。いつもはもっと往来が多いはずです」


 その指摘を受けて、改めて麦星通り入り口を注視する。


 靄が晴れたように、周囲を客観視することが出来た。確かにこの時間帯は元々の住民も冒険者も通りを行き交う。だと言うのに、麦星通りから出て来る人はいても、踏み入る者は一人としていなかった。


 それに加えて。


「……あれ、なんだと思う?」


 通りの入り口を彷徨く人影を、こっそりハロは指差す。彼の指差す方向を見て、ライサンダーは訝しげに複眼の表面を曇らせた。


 傍目にはドレイクの淑女のように見えた。日除けの広がった被り物に腰の膨らんだ衣。街を歩くには大仰な格好の女は、伏し目がちに麦星通り前を逡巡している。


 その背丈は周りのヒトよりも頭二つ分は高い。身なりが身なりなだけに、どこか異様な雰囲気を帯びていた。不思議なことに彼女を注視する通行人も二人の他には居ないようだった。


「……フェアリー?」

「違いますね」


 遠巻きに囁きあう。


 二人の警戒心に気付いたのか、赤子はより一層泣き声を響かせた。


 途端、視線を感じた。


 尾羽を開き、赤子を抱え込む。辺りを見回して視線の主を探した。


「うわ」


 目があった、と思った。視線の主であろう麦星通り前の女は目を薄らと閉じたまま、きょろきょろと面を様々な方向に向ける。こちらを見つめているのかもわからないのに、何故視線を感じるのか。身構えるハロにライサンダーは告げる。


「道に迷っているようにも見えますが……戻りましょうか」

「いや、見つかった。こっち来たよ」


 ハロの言葉通り、女は動き出していた。緩慢な歩みで、しかし真っ直ぐにこちらを目指している。


「何が気になるのかわからないけど、逃げるのは逆効果かも」


 女の姿が近づくにつれ、その異様さも顕になる。大柄な体を足の先まで覆い隠す衣の下からは、足音とは思えない岩を引き摺るような音がする。更にドレイクのように見えた顔つきにも、次第に違和感を覚えてきた。


「あの……すみません」


 体を縮こめるように女は礼をする。一先ず共通語が発せられたことにハロは安堵した。


 そして女の顔をまじまじと見つめ、違和感の正体に気付く。


 「伏せた目」に見えていたものは、構造色の襞だった。襞の下に眼窩は無い。ドレイクはおろかハロの知るどの種族にも似つかない、異形だ。


「何か?」


 動揺をおくびにも出さず、笑顔を作り応答する。女は口元を衣の袖で隠しおずおずと呟いた。


「あの、ヒトを探していて」


 か細く女が話す度、衣の袖がぬめらかに光る。布というよりは肉に近い不思議な素材だ。


「えっと、お話聞いてくれる、お時間はありますか?」

「……うーん。時間はあまりないかな。この子にご飯あげなきゃいけないし」


 赤子を庇いつつ告げる。腕の中の新生児が身動ぎ、泣き疲れたのかけほけほと咳き込んだ。


 途端、女は顔に相当する部位を赤子に近づけた。


「小さなドレイクさん!」


 無邪気な声音だが、ハロは思わず後ずさる。赤子も何か異変に気付いたのか、目を丸くして一点を見つめている。


「とても小さい、こんなに小さいんですね、何かお話をしていますね」


 口を覆い隠していた袖を赤子に伸ばす。その縁が波打つように蠢いているのを見て、ライサンダーとハロは慌てて声を上げた。


「あまり触れないであげてください。驚かせてしまいます」

「あ、あのさ、用件ぐらいは聞くよ。だからちょっと離れて」


 方向性の違う二人の言葉を聞き、はたと気が付いたように女は身を離す。再び袖で顔の下半分を隠し、小首を傾げた。


「お時間、少々いただいても?」

「聞くだけはね」

「まあ、まあ、ありがとうございます」


 遊色の襞が揺れる。それに呼応するように、衣服の裾も波打った。


 服ではない。体の一部だ。


 ますます得体の知れない異種族は、用件を口にする。


「セリアンスロープを探しています。夜干舎の、ケインという方です」


 もはや取り繕うことも出来ず、ハロとライサンダーは目を合わせた。

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