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降参

 鈍い音が残響のように耳から離れない。


 吐息が鳴り、ウィンドミルの柄に手をかけた。


「動かないで」


 女が囁く。緩慢な仕草でアキラの両手を取り、縛めた。


「彼女を放して」


 体が、手が、柄が、燃える様に熱い。


「彼女から、手を離して!」


 複眼が暗くなる。リシアの挙動を窺うように、女は上体を起こした。


「こんなに元気なのに、何を心配するの?」


 そう告げる女の下で、抵抗するようにアキラは身を捩る。流石に四本の腕で拘束されては抜け出すことも叶わない。


 夜色の髪が頬を滑り落ち、赤く擦れた額が現れる。


 もう一度強く柄を握りしめた。


 眼下で「炉」が蒼い光を散らす。


「へえ」


 女の頭から剥がれるように、触角が立ち上がった。


「それを持ち出すと言うことは、覚悟は出来ていて?」


 背筋が粟立つ。外套の下で、何かが存在感を増した。敷き詰められた煉瓦に微かに落ちる淡い光には見覚えがある。紛れもなく、今手中にあるものと同質の何かを、女は持っている。


 遺物を持つ冒険者。


 初めて目にする存在との邂逅に、リシアは慄いた。


 その慄きが伝わったのか、フェアリーは動く。アキラを捕らえていた腕が二本離れ、外套の裾が捲れ上がった。


 一連の動きにリシアは出遅れ、傍観に甘んじる。体が動いた頃には、外套に覆い隠されていた得物と身体が露わになっていた。


 フェアリーの肢体を一瞬注視し、思わず頬を染めて顔を隠す。


「ひゃ……」


 戦意を失ったような振る舞いを見せた少女に気を取られたのか、フェアリーは一瞬動きを止める。


 金属音が響いた。


「おい」


 野太く不機嫌そうな声が近付いてきた。腕を下ろし辺りを見回す。


 往来を行く人々は皆、平然とした顔でいる。少女達の騒動を気にして立ち止まる者は、一人として見当たらなかった。


 再び金属音。


「あら、ようやく」


 フェアリーがリシアの肩を見つめる。つい先程辺りを見回した時はは影も形も無かったセリアンスロープに気付いて、リシアは身動ぐ。


「アムネリス」


 セリアンスロープの男がフェアリーと思わしき名を呼ぶ。


「いいか、二度と、もう次はないからな」

「何のこと?」

「俺は尾行をしろと言ったんだ。勝手に表に出て、挙句騒ぎを起こすとは」

「だって貴方鈍臭いんだもの。それに収拾はつけてくれたんでしょう?」


 何事か言い返そうとしたのかセリアンスロープは肩を怒らせ、押さえつけるようにため息をつく。片手を伸ばし、フェアリーに命じた。


「放してやれ」


 次は女がため息をつく番だった。四本の腕を上げた途端、アキラは立ち上がりリシアの側に駆け寄る。


「アキラ」


 名を呼んでも返事は無い。ただ荒い呼吸が赤いジャージの背中からわかるだけだった。


「……すまない。傷つけてしまうつもりは無かった」


 暫しの沈黙の後、セリアンスロープは謝罪をした。リシアには形式的なものではなく本心からの言葉のように思えたが、警戒を即座に解くわけにはいかない。


 この言葉も光景も、「まやかし」かもしれないからだ。


「信じられない」


 リシアは告げる。覆面から覗く目が少し困ったように細まる。


「取り敢えず、痛み止めぐらいは」

「何を今更」


 フェアリーが口を挟んだ。


「続きをご所望なら喜んで。それからケインのことを聞けばいい」


 双方に告げたようだった。好戦的な口振りとよく知った名を耳にして、リシアは表情を強張らせる。


 その様に目敏くセリアンスロープは気付いた。


「よく隠れたものだ」


 呆れたような声が覆面の下から溢れる。


「……彼女の言う通り、既に穏便に済ませることは出来なくなってしまった」


 男は視線を合わせるように少し屈む。


「少し協力してくれないか。案内をしてもらいたい。何、相手とは話すだけだ」


 フェアリーに拘束されている最中、脳裏をよぎった決断を思い返す。得策だとわかっていても、裏切るようで気は向かない。


 アキラの顔を見上げる。


 強く叩きつけられたようだが、幸い額が少し擦りむけただけのようだ。


 違う。「幸い」なんかじゃない。


 怪我をさせてしまった。それも冒険でもなく、迷宮より安全なはずの地上で。


「わかった」


 か細い声が自身の喉から出る。


「ありがとう」


 対照的に、セリアンスロープは安堵したように感謝の言葉を告げた。その傍らでフェアリーが興味を失ったように触角を下げる。


「今のうちに手当を。そろそろ皆の目が向く」


 男が片手をアキラにかざす。眉を顰める女学生を見て、何かに気付いたのか手を下ろした。


「そういう性質か」


 姿勢を正し、錫杖を鳴らす。


 途端、気付いたようにちらちらと往来の視線が突き刺さる。


「いつつ……」


 背後で呻き声が聞こえた。振り返ると、先程フェアリーを尋問していた若い衛兵が片割れの肩を頼りによろめきながら歩いてくるのが見えた。


「突然ぶっ倒れて、どうしたんだお前」


 年嵩の衛兵の言葉に、呂律の回らない返答をする。覆い隠した頬は変色していた。


 その言動に違和感を覚えた途端、年嵩の衛兵は女学生達に向かって不機嫌そうに言い捨てる。


「おい、こんなところで屯するな。異種族同士で話し合いでもしたいのなら異国通りへ行け」


 先の声かけとはまるで違う冷たい言葉に、リシアは呆気に取られる。立ち去る衛兵の背中を見送っていると、セリアンスロープがもう一度錫杖の先で地を小突いた。


 突如合点がいく。


 成る程、これが収拾の付け方か。


「早速だが」


 セリアンスロープの尾が足元で揺れる。


「夜干舎の……ケインの元へ案内してもらおう」

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