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キノコ狩り(2)

入り組んだ小通路の最奥に達し、リシアは深い溜息をついた。


背負った籠には、ハチノスタケが底を隠す程度の個数しか入っていない。


「……もう一個隣の横洞に行ってみようか」

「うん」


アキラもどこか意気消沈とした風だ。火かき棒で天井を引っ掻くが、当然の事ながら何も落ちてはこない。


……三本目の小通路をくまなく探してこの量だ。明日までに規定の量が集まるのだろうか。


「とりあえず、本洞に戻ろう」


元来た道を戻るよう、リシアはアキラに促す。未練がましくアキラは通路の隅に生えていた雑草の陰を火かき棒で探り、何も無いとわかると渋々、先に歩いていたリシアの後をついて来た。


「こういう、採取の依頼じゃない時に沢山見つけたりするんだよね」

「この間行った第三通路にも群生が有ったし、そんなものだろうね」

「え、ウソ。私見てない」

「ハッカの茂みに隠れて生えてたよ」


今もあるかはわからないけど、とアキラは付け加える。確かに第一通路でこの有様なのだから、同じ様に採集目当ての冒険者が集まる第三通路でも既に取り尽くされているだろう。


期待は出来ない。


「今何時くらい?迷宮に入ってどのぐらい経ってるかな」

「二時間は過ぎてると思う」


日の光が届かない大迷宮では、時間の感覚が曖昧になる。夕方だと思っていたら、地上に出てみると月が高く上がっていたというのは良くある話だ。


かつて簡易休憩所として使われていた小通路は、第二地上口の間までに七本程存在している。一先ずはそれを全て調べて見てから、地上に戻ろうとリシアは考える。


「アキラ、時間は大丈夫?」

「うん。門限とか無いから」


念の為確認すると、アキラは概ね予想通りの返答をした。もっとも子爵家であるリシアの家にも、門限らしいものは無いのだが。あまり遅くなる様だったら、一度家に戻って一言断った方が良いかもしれない。


物思いに耽っていると、突然肩を軽く叩かれた。


「何?」

「誰か来る」


通路の左端にアキラは身を寄せる。対向から響く足音に気付いて、リシアもまた左端に寄る。


「……ちょっと遅くなってしまいましたね。ここで見つかると良いですけど」

「ほんと、こんなにハチノスタケが見つからないとは思わなかったよ」

「粗方取り尽くされてんだね」

「そういえばマイカ、門限とかは大丈夫かい?」

「出来れば、八時までには戻らないと……お父様が煩くて……」

「はは、可愛い一人娘だからね。口煩くもなるよ」


リシアの背中を、冷たい汗が伝う。聞き覚えのある声、会話に出て来た名前。何故彼女が、此処にいるのだろうか。


「どうしたの」

「……なんでもない」


何処か心配そうな様子で、アキラがリシアの顔を覗き込む。リシアは首を振り、何とか言葉を絞り出す。


「マイカ、足元気をつけて。柱の跡が……あれ」


二人を仄かな灯りが照らし出す。携帯用の火具を掲げた男子生徒を先頭に、数人の迷宮科生徒が現れた。その中にかつての親友の姿を見つけて、リシアは固唾を飲んだ。


「君達も迷宮科?ご苦労様」


二年生の徽章をつけた、人の良さそうな男子生徒はそう言って二人とすれ違う。背後に続いた生徒達も会釈をしながら通り過ぎる……ただ一人、マイカだけはリシアを見つめ、その場に佇んでいた。


「……リシア」


澄んだ声が、やけに大きく横洞に響く。生徒達は振り返りリシアとマイカを注視した。その無遠慮な視線に、リシアは身を竦ませる。


何、とも返せず、リシアはただ沈黙する。


「その……新しく班員が入ったんだね」


白い前掛けの裾を握り、か細い声で少女は話しかける。そして少し困ったような笑みを浮かべた。


「良かった」


リシアの首筋を熱いものが駆け上った。理解出来ない。マイカの言葉も、笑みも。


「ふ……ふざけないで!」


激情に駆られて怒声を上げる。びくりと親友は、華奢な肩を震わせた。


アキラが何事か囁いて、肩を抑えた。その囁きも今のリシアには聞こえなかった。


「勝手に離れていって、良かったねなんて、何考えてるの」

「リシア、落ち着いて」

「……」


小さくしゃくり上げる音がリシアの怒声の合間に響く。その怒声からマイカを守るように、先頭を歩いていた二年生が立ちはだかった。


「……君がリシアか。マイカと同じ班だった」


冷静な声だった。その声が、リシアの聴覚を澄み渡らせる。


「あの子がリシア?」

「すっごい剣幕」

「確かにあれは……」

「一緒にいるの、大変かも」


囁きが打ち水のように叩きつけられる。


何故。


何故私ばかり。


「リシア、行こう」


ぐい、と力強く腕を引かれる。リシアは前のめりになり、我に返った。


「私達、課題が終わって帰る途中なんです。失礼します」


リシアの手を引き、アキラは淡々とそう告げる。訝しげな表情の二年生の前に立ち、アキラは軽く会釈をする。


「……待て。リシア、君と話がしたい」

「急いでいるので」


呼び止める二年生の声を赤ジャージの少女は跳ね除ける。凍てつくような視線を向けられ、二年生は続いて出ようとした言葉を飲み込む。


黙り込む二年生とマイカを見比べて、リシアは再び本洞に向かって歩き出す。


「……リシア」


か細い声が、リシアとアキラの背を追いかける。


リシアは立ち止まり、アキラもそれに伴う様に足を止めた。


「……」


目を潤ませたマイカが、逡巡するように前掛けを握り込む。一度は上げた顔が再び俯くのを見て、アキラはリシアに歩くのを促した。


「行こう。時間の無駄」


初めて聞く声音だった。その言葉に逆らう気も起きず、リシアはアキラに着いて行く。


互いに一言も発する事なく、小通路を歩く。


何故、マイカは「良かった」なんて言えたのか。何故呼び止めたのか。わからない。理解出来ない。ほんの数ヶ月前までは親友だったのに、今は彼女が何を考えているのかも推測する事が出来なくなっていた。


考え込むリシアの顔に、本洞へ出る割れ目から漏れ出す柔らかな光が当たった。一旦アキラは足を止める。


途端、野生生物の鳴き声のような音がアキラの腹部から聞こえてきた。


「ごめん、お腹空いちゃって」


振り向きもせずアキラは言う。間抜けな音にリシアは一瞬だけ、マイカとの邂逅を忘れた。


「……浮蓮亭に戻ろう。ちょっと考えたいから」

「それって、」


暫しの沈黙の後に、リシアは告げる。リシアの提案にアキラは少し目を見開いて何事か言おうとして、すぐにいつもの無表情に戻って「わかった」と呟いた。

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