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回覧

 折角また会えたのに。


 衛兵の詰所へと続く通路から女学生の後ろ姿を見送りつつ、ため息をつく。


 先程の女学生二人組、赤ジャージの方はよく覚えている。いつだったか「怪物」が姿を見せた日に出会った少女だ。水路沿いを一人で彷徨いている時と、怪物とそれに攫われ一時行方をくらましていた被害者と一緒にいた時の二回。その後しばらく三回目を期待して警邏に積極的に参加したりもしたが、結局会えずじまいだった。


 だが、今日になって会うことが出来た。


 そして呆気なくその機会を手放してしまった。


 通路から受付を覗く。いつもと同じ気味の悪い笑顔を浮かべた受付嬢と何事か話している上司と目が合いそうになって、踵を返した。


 危ない危ない。


 特に用もない詰所へと向かう。


 上司の目さえなければ、もう少し話が出来ただろう。この頃虫の居所が悪い彼に見つかったら、親睦深めるどころではない。


 しかし、依頼を見ていたということは迷宮科だったのか。


 懐にねじ込んだ廃棄依頼書を握り込む。


 それなら、また機会は来るはずだ。


 去り際に「依頼」についても告げたのだから。


「おい」


 情けないほどに驚きを表してしまう。振り向き敬礼をする間もなく、怒号が飛んだ。


「貴様、職務中に粉をかけるとは」

「け、けしてそういうわけでは」

「では何をしていた。依頼の案内か」

「はい、何やら迷っていたようなので」

「それは受付の仕事だろうが!」


 件の上司に吠え立てられる。弁解をしても火に油を注ぐだけだと踏んで、押し黙る。


「お前のような職務を勘違いする者がいるから、アンナベルグが調子に乗るのだ……まったく」

「はあ」


 可愛い名前だ、誰だったか。他のことに気を取られたのを即座に見抜いたのか、上司は更に眦を上げる。


 慌てて本来の職務に戻ろうとする。


「ではそろそろ時間ですので警邏に……」

「もう時間は過ぎている、そもそもこの時間帯の担当ではないだろう」


 紙の束が押しつけられる。へ、と間の抜けた声を出す衛兵に上司は冷たく言い放った。


「受付の真似事がしたいのなら、これに目を通しておけ」

「何でしょうかこれは」

「新規の冒険者組合と集会場の一覧、それと今後の依頼内容についてのお達しだ。詰所で回覧するように」


 仕方なく紙を受け取り、ぱらぱらと捲る。前者の種類は警邏の際に用いる物だ。荒くれ者ばかりの冒険者や異種族が住民に危害を及ぼさないよう集会所を巡回するのも衛兵隊の仕事の一つだ。最も、真面目に行なっている下っ端衛兵はまずいないだろう。しょっ引く理由があっても、実地を知る冒険者とやり合いたい人間はいない。その点、上司は寧ろ冒険者というものに対抗意識のようなものを持ってさえいるようだ。そうでもなければ律儀に一覧表を受付から譲り受けて回覧したりはしない。


 そして後者の書類、だが。


 紙を捲る動きが遅くなる。最後の何頁かには目もくれず、衛兵は姿勢を正した。


 なるほど、「受付の真似事」か。


「了解しました」


 頭を下げる。視界から上司の長靴が消えたのち、ゆっくりと辺りを確認した。既に遠い後ろ姿を見送り、もう一度手にした書類を捲る。


 後者の書類。一覧表とは明らかに手触りの違う質の良い紙に花押がよく映える。ただの回覧用にしてはあまりにも仰々しい。改めて書面を眺めると、尚の事不可解だった。


 依頼内容の精査を、こんなにも厳正に頼むものだろうか。


 それも迷宮に関する雑務を行う部署だけではなく、衛兵長にまで。上司が殊更不機嫌になるわけだ。


 まいったな、と独りごちる。


 あまり良い気はしない。人々の依頼を篩にかけるような行いではないか。民衆に寄り添う衛兵としては、そのようなやり方は気に食わない。こんな場所は門戸が開かれてこそだ。今まで以上に堅苦しい依頼ばかりでは、むさ苦しい冒険者達が集う場所になってしまう。そして掲載を断られた人々の足は遠のくばかりだ。


 これでは先程の少女に依頼を案内できるかも怪しい。


 それっぽい理由と俗っぽい理由を考えて、衛兵は内心頷く。


 とはいえ、お達しが下りた以上は衛兵に出来ることなど何もない。何しろ相手はお貴族様だ。


 ため息をついて詰所へと向かう。


「あの」


 か細く声をかけられた。続いて、自身の名前を呼ばれて振り返る。役所の出入り口から歩いてくる顔見知りの姿を捉え、衛兵は慌てて言葉を探す。


「なんか久しぶり」


 先程の上司からの大目玉も忘れて、来訪者に微笑みかける。


「依頼?」

「はい」


 短く言葉を交わすたび、来訪者は衛兵に近付く。


 この先には詰所しかない。最初から、受付前の掲示板は当てにしていないのだろう。


 精査のことを鑑みると、この子とも付き合い方を考えなければならない。それは必ずしも悪いことではないように思えた。


 今日の再会も何かの縁だ。古い縁に見切りをつけるのは早い方が良い。最も、そう踏み切るにはまだ勝算もない。


 だからひとまず相手をすることにした。


「お仕事中?」

「そりゃあ、そうだよ」

「ごめんなさい。外にでも行くのかなって思って……もしかして新しい依頼ですか、それ」

「ううん、別件」


 覗き込む来訪者から隠すように衛兵は書類を持ち変える。


 そうして空いた手を来訪者の肩に置き、緩やかに滑らせた。

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