学苑向け
依頼の情報を有り難く得た後、冒険者達に礼を告げる。もぞもぞと動き始めたお包みを億劫そうに抱え直して、ハロは駅を指さした。
「取り敢えず一周」
そう言う間も赤子は何やら落ち着かない様子で手足をばたつかせる。眉間に皺を寄せ、ハロは結えつけた包みを解いた。
「ちょっと抱えといて」
ライサンダーが手を伸ばし、赤子を受け取る。厳しい籠手のような腕の中で、赤子が目を見開いて動きを止めたのがちらりと見えた。
「体勢が嫌だったのかな」
赤子を包む布を整え、再びハロは抱きかかえる。先程までの不満はどこへ行ったのか、赤子は微動だにしない。
「おとなしくなりましたね」
「いきなり寝床が硬くなってびっくりしたんだと思う」
「驚かせてしまいましたか……」
少し申し訳なさそうに触角が揺れた。
「それじゃーね」
出会った時と同様に斜めに包みをかけながらハロはそう告げ、ライサンダーは会釈をする。お散歩の続きを始めた三人を見送り、女学生二人も歩き始める。
「復帰かあ」
なんとなしにリシアは呟く。思えば初めて顔を合わせた時から、彼は療養中だった。一度迷宮にアキラと捜索に来てくれた時もけして本調子ではなかったのだろう。
ふと気になることがあった。
「ハロさんって、どんな役割を持ってるんだろう」
これまたなんとなしにアキラに尋ねる。アキラは一瞬考え込むように視線を動かした。
「そういえば、聞いたことないかもしれない」
「以前助けに来てくれた時に、武器とかは持ってた?」
「ううん。あの時は戦うのは私の仕事って、頼まれてたから」
「……そうだったんだ」
班であれ組合であれ、通常迷宮に潜る際は役割を分担する。哨戒や戦闘、負傷者の治療、地図の作成。無論、いずれかの技能を兼ね備える者もいる。しかし大抵はどれか一つに専念するものだ。
それが夜干舎の場合、誰が何を担当しているのかが皆目見当がつかない。少なくともライサンダーは弩を持っていて、後方からの攻撃は出来るのだろう。ケインはまやかしを使った撹乱や応急処置、ではハロは。
「ライサンダーさんは、事務って感じ」
ぽつりとアキラが呟く。一瞬反応に困って黙する。確かにそう言う役割分担もあるのだろうが、いや、確かに事務仕事のようなことをやっていた気がする。
アキラの一言でものの見事に思考が掻き混ぜられる。釈然としないまま役所に辿り着いた。
妙に静かな広間の隅、四角を丁寧に針で留められた依頼書が整然と並ぶ掲示板の前に立つ。ひとまず夜干舎の言っていた依頼を見つける。第一通路の調査。依頼主はエラキスと碩学院。
「これだ」
アキラの言葉に頷き、書類を手に取る。そして再度、掲示板を右上から順に目を通した。
植物採集と地質調査の依頼書をそれぞれ熟読する。これが講師の言っていた「学苑向けの依頼」なのだろう。前者は以前受理した依頼とそう内容は変わらないように思えた。
「地質調査って、どんなことをするの」
「本格的なのだと地面を細長くくり抜いたりするけど……大抵は迷宮の表土をなぞるような調査かな。表面踏査っていうみたい」
「ああ」
聞いたことがあるのか、アキラは無表情のまま相槌を打った。
「これは定期的に実施するって決まってるの」
「迷宮の管理みたいなもの?」
「……落盤は怖いからね」
申請書片手に説明を交えながら、一通り確認をする。リシア達に手を出せそうな依頼は精々以上の三つだろう。
植物採集と地質調査の書類を取るか迷っていると、背後から威圧的な靴音が近づいて来た。
「よいしょ」
わざとらしい声と共に、掲示板前の棚に大量の書類が積まれる。若い衛兵は腕を伸ばして、リシアの頭越しに依頼書を一枚むしり取った。
物音と影に一瞬頭が真っ白になり、抜け出すように離れる。
「すみません」
予想よりも淡白な声が出た。衛兵は女学生の姿を横目で見た後、あからさまに二度見をする。
「あれっ、もしかして迷宮科の生徒さん?」
そう尋ねる男の目は、リシアではなくアキラに向いていた。両名とも答えられずにいると、先に衛兵が口を開く。
「もしかして依頼?頑張ってるねー」
手にした依頼書を丸めながら、軽薄そうな笑みを浮かべる。リシアは微かに既視感を覚えた後、即座に先日の清掃を思い出した。あの時動員されていた衛兵の一人だ。しかし既視感を解消してもなお、不信は拭えない。
「どの依頼やるか決めた?」
「もう、決めたので」
その場を離れるべくリシアは会釈をする。しかし衛兵は背の低い女学生を面倒くさそうに一瞥した後、囁いた。
「他にも依頼、紹介出来るんだけどな」
ならば話は別、とばかりにリシアは告げる。
「依頼書と申請書はありますか?」
あからさまに衛兵は顔を歪めた。表面に現れた感情が何かもわからないうちに、目付きが変わり姿勢を正す。
「失礼」
取ってつけたような固い口調の言葉を残し、衛兵は立ち去る。僅かな間の出来事に、思わずリシアとアキラは顔を見合わせる。
「え、なんだったの」
「依頼……」
アキラの消えゆく声に準ずる言葉をリシアは胸の内でこぼす。
依頼の話は。
早足で去る衛兵から目を逸らし、辺りを見回す。受付の側で、もう一人衛兵が立っていた。
これまた見覚えのある衛兵だった。彼が小脇に抱えた略式兜を目にして、リシアは納得する。
見つかる前に逃げたのか。
呆れてしまう。上司が恐ろしいのなら仕事中に学生に絡まなければよいのに。
何にせよ退散してくれたのはありがたい。
気を取り直して、申請書をアキラに差し出す。
「取り敢えずこの依頼を受けてみようと思う。アキラは、どうかな」
確認をするまでもなかったことは、少女の目を見れば明らかだった。




