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点数

 見覚えのある女学生の後ろ姿が視界の隅に入った。仲良く何事か語らいながら食堂へと向かう三名を暫し見つめ、シラーは掲示板に再び目を向ける。


 当然自身の班が首位の成績表。普段なら気にすることもない順位が何故か引っかかった。第六班からいくつか下の班の名を呟く。


「十九班」


 声に出してみても、所属する班員や代表の姿は思い出せなかった。表に載るような班とはそれなりに関わりがある。成績の良い班は必然、迷宮でもよく出会う。有事に備えて彼らとは仲良くするに越した事はないからだ。


 だからこそ、十九班について思い出せないのは不可解だ。


 点数を見る。人数当たりの点が異様に多い。ここまで偏るのは高額素材を手に入れるか、依頼を人一倍こなしているかのどちらかだ。


 高額素材の売価一覧に目を通す。


 十九班の文字はない。


 必然、もう一方の理由が正解となる。


 計算をする。


「シラー様?」


 自信なさげな声が名を呼んだ。引き結ばれていた口角を少しだけ緩めて振り返る。


「ああ、何か用かな」


 名も思い出せない迷宮科の女生徒だった。真新しい腕章を見るに、マイカと同じ医療専攻の一年生なのだろう。女生徒はシラーを見上げ、すぐさま上気した顔を下に向ける。


 ちらりと掲示板に目を向け、話題を見つけたように後輩は口を開く。


「成績を確認しようと……少し順位が上がったようなので」

「それはおめでとう。何班かな」

「十九班です」


 なるべく笑顔に余計な機微を滲ませないようにしつつ、女生徒を自身の隣に誘導する。


「ここか。僕らに迫るほどだ」

「そんな、まだまだです」

「随分と頑張っているみたいだね。最近はどんな課題を?」

「えっと……お役所の依頼を」


 品良く少女は微笑んだ。ほお、と頷きつつシラーは訝しむ。


「僕らも国の依頼に目を通したりはするけど、結構難しいのが多いよね」

「地図を描いたり植物を集める依頼をこなしています。それぐらいなら」


 相槌を打つ。内心、疑問は増えるばかりだった。


 少女との会話の最中、視界の隅に男子生徒が一人見え隠れする。そちらにも目を向けて会釈をした。


「班長」


 シラーの様子を見て辺りを見回した少女は男子生徒に気付く。少女が自身の姿を捉えた瞬間、あからさまに男子生徒は安堵した。


「もしかしてフォリエも成績の確認に?」


 早足で近付き、女学生の隣に立つ。華奢な肩を何と無しに軽く叩いたのを見て、シラーは苦笑する。


 班員と班長、仲が良いようで何より。


 一方で女学生は極々自然にするりと身を離した。その態度に誰でもない男子生徒が一番驚いたようで、手を浮かせたまま言葉もなく立ち尽くす。


 取り繕うようにフォリエと呼ばれた少女は微笑む。


「ええ。シラー様にも褒めていただいたの」

「ああ……」


 男子生徒は会釈をする。その目元に挑戦的な光が宿っていることに気がついて、シラーは鷹揚に笑顔を返す。


「国の依頼を頑張っていると聞いたよ」

「フォリエがこまめに覗いて持ってきてくれるんだ」


 班長の物言いが気にかかったのか、フォリエは不安げに二人を見比べる。別段シラーが気にする事はない。相手は棒にもかからない班だ。


「そうか。頼もしいね」


 そう告げると、少女ははにかむようでいて何処か影を帯びた表情を浮かべた。


「頼もしいだなんて」

「謙遜することないって。本当に、いつも助かっているよ」


 班長もまた班員を褒めそやす。


「他の班員は口煩いだけだし……」


 続く言葉にフォリエは困り顔になる。その表情が同じ班の後輩に似ていて、シラーは同情とまでは行かないにしろ、心中を察した。


 何にせよ他人の愚痴は不愉快なだけだ。


「班員が減ったってだけでも大変なのに」

「結構苦労しているようだね。相談に乗ろうか」


 微笑む。


 喜色を浮かべた女学生に反して、代表は首を横に振った。


「いや、遠慮……問題ない。班内で解決できる事だ」


 想定通りの返事をしてくれた。頃合いとばかりに話を切り上げる。


「すまない、余計なお世話だった」

「心配してくださってありがとうございます」

「気苦労はわかるんだ。お互い頑張ろう」


 目礼を交わし中庭を後にする。シラーを目で追う女生徒に、男子生徒は何か用件を話し出した。


「次の活動のことなんだけど」

「ああ、今の人数でも出来そうな依頼を探してきましょうか」

「流石」


 遠ざかる会話に耳立てつつ、シラーは迷宮科棟裏へと向かう。


 基本的に役所に張り出される依頼は難易度が高い上、依頼の内容によっては本職の冒険者も競争に加わる。迷宮科の生徒が短期間に数件を同時並行でこなせるとは思えない。


 しかしそうでもしなければ、第十九班の点数にはならない。


 一つ、可能性に思い至ってシラーは呆れた。もしそうなら講師辺りが既に探りを入れているだろう。


 飛び火だけはしないでくれ。そう思いつつ、懐から手帳と硬筆を取り出した。頁をめくり走り書きを残す。


 十九班、ゾーイに回す。


 彼のことだ、既に調べ上げているかもしれない。もしそうなら後はシラーが火の粉を払えるよう立ち回るだけだ。


 難儀そうに頬を掻き、シラーは手帳を閉じた。

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