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流動

 黒板を見つめつつ、教室全体を俯瞰してみる。


 硬筆を走らせつつ、講師の挙動に気を向ける。


 そうしているうちに、ただ注意力が散漫になっているだけのような気がして、リシアは一旦筆を置いた。


 昨晩の指南をもとに訓練をしてみるが、どうもコツがわからない。多方向に注意を払う。普段講義や迷宮で自然に出来ていそうな事だが、改めて気を使うとなかなか上手くはいかないようだ。


 再度筆を取り板書を写し終えた途端、鐘が鳴る。集中が途切れて周りの音が雪崩れ込んできた。


「エラキスから学苑向けにいくつか依頼が出ているようだ。気になる者は掲示を確認するように」


 講師の言葉のうち、「依頼」の一言だけが残った。


 そうか、そろそろ。


 生徒手帳を確認する。前回の依頼からだいぶ日が空いている。


 頃合いだ。


 普通科の友人の顔を思い浮かべ、どうにか話を伝える方法を考える。一先ず、昼休みにでも教室に向かってみるか。


「ねえ」


 机の縁を爪が叩く。顔を上げると、つい先日の迷宮でも出会った顔があった。ほんの少し呆気に取られて、名を呼ぶ。


「あ、ああ、フォリエ」

「大丈夫?なんだか授業に集中出来ていないようだったから」


 いきなり図星を突かれ、羞恥する。側から見てもわかるほどだったのか。


「ちょっと、考え事してて」


 手帳を閉じつつ答える。出来るだけ口角を上げてみた。


「……エリス先生が言ってた依頼、ちょっと気になるよね」


 リシアの笑顔に安堵したのか、フォリエは会話を続ける。その目に何か「期待」のようなものが滲んだ。


「リシアも、興味ある?」


 そう問われて、先程の講師の発言を思い返す。まやかしの訓練のせいか朧げな概要しか回想できなかった。


 ただ、ここは慎重に。


「うーん。興味はあるけど……一度役所に行ってから考えてみようかなって」

「そうなんだ。お役所の依頼だから、おかしなものでもなさそうだけど」


 そこまで告げて、何か引っかかったようにフォリエは首を傾げる。


「リシアは、お役所の依頼は経験あるの?」

「植生調査を」

「へえ」


 セレスの依頼が脳裏をよぎった。半ば公の依頼だが、一先ず除外する。


「まだ、その一回だけ」


 頷きながら女生徒はリシアの返答を聞く。それからくすりと微笑んで、小声で囁いた。


「良かった。お役所の依頼について話せる人、あまりいなくて」


 リシアは目を丸くする。意外な反応だったからだ。しかし、依頼の競争率自体は学苑のものに比べて低いのだろう。言わば穴場なのかもしれない。


「私達も何回かお役所の依頼は受けているの。第六班くらいしか他に受けている班見た事なくて」


 殊更、フォリエは目を輝かせる。


「リシアさえ良ければ、お互いに情報共有をしない?結構深部まで足を伸ばす依頼も多いし」


「えっ」


 一瞬リシアは考える。


 ありがたい申し出だが、どうも釣り合わない。


「……私、共有出来る情報なんて」


 思い至る。


 合同ということか。


 フォリエの顔を見る。もはや隠すことでも無くなっているが、アキラを見て彼女達はどのような反応をするのだろうか。


 そして合同よりも前に、二人でもう一度足並みを揃えておきたい。


「あ、ありがとう」


 一先ず礼を告げる。それから、濁した。


「その、共有については少し、考えさせて。依頼を受けるときにまた話してもいいかな?」

「ええ!依頼に限らずいつでも」


 ほんの少し大人っぽい笑みを浮かべて、フォリエはどこかへと視線を向ける。


「あ、班長」


 思わずリシアも視線の先を辿る。教室の入り口で手を振る第十九班の班長と目があった。


「それじゃあ」


 こざっぱりとした挨拶の後、フォリエは班長の元へと向かう。合流した二人が廊下へと出て行くのを見届けて、ようやく肩の力を抜いた。


 お言葉に甘えて、と答えた方が良かったのかもしれない。そんな後悔も僅かにあった。でもそれではフォリエに不誠実だ。アキラの件はともかくとして、第十九班になんの旨味もないのは事実なのだから。


 再び手帳を開く。


「第十九班、また役所の依頼取るんだ」


 ふと、何処かで囁き声が聞こえた。手帳を注視しつつ耳そばだてる。


「結構評価高いし、黒字も多いよね」

「第六班とまではいかないけど、上手くいってる班だと思う」

「ああいう班に引き抜かれたいかも」

「えー、その時は一緒に連れてってよ」


 その言葉を最後に、教室の隅に固まっていた一団が廊下へと移動する。その顔触れの中に先日迷宮へ行く前に声をかけてくれた女生徒達の姿もあることに気がついて、背中を見送る。


 回遊、という言葉が思い浮かんだ。


 今まで、宙ぶらりんのまま学苑生活を送っているのは自分だけだと思っていた。しかしよく周りを見ていると、班の運営に成功しているのはごく一握りで、大多数の生徒は流動的に班の離脱と加入、統廃合を繰り返しているようだった。その最たるものが何時ぞやのアルフォスなのだろう。彼は最低限の手続きすらしなかった。


 あの女生徒達はリシアから第十九班に回遊していったのだ。そして次は第六班にでも行くのだろう。そういう戦略だ。


 そんな傲慢な思いつきに、暗澹とした気分になった。

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