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見回り

 ケインの瞳が針のように細まった。紋様だらけの手がびくりと震える。それを見て咄嗟に、アキラは光を遮るように前に出た。


「こんばんは」


 半ば威嚇じみた声音で、灯りの主に挨拶をする。衛兵のお仕着せを纏い火具を掲げた男は怪訝な顔をして、怖じる事もなく口を開く。


「学生を連れて何をしている」


 当然挨拶が返ってくる事もなく、衛兵は威圧的な口調で告げる。相手が何を考えているかは何となく察することが出来た。尋問でもするつもりなのか、詰め寄るようにツカツカと近付く。


 衛兵の一挙一動を見つめるアキラの肩に、そっと手が置かれた。鎮めるような静かな重みが、少しの間口を噤むだけの余裕を取り戻させる。


「彼女達を家まで送ろうと思ってね。日は沈んでしまっているし、この辺りは治安も良くはないだろう?」


 朗らかな声音で、セリアンスロープは嘘偽りなく事実を告げる。頷くアキラを一瞥し、衛兵はどこか面白くないような表情をした。


「セリアンスロープが、か。マヤカシとやらでも使ってはいないだろうな」


 衛兵の豪奢な兜の下で、瞳が鈍く光る。


 偏見の目だ。


「どう縁を結んだかはわからないが、妙な事に関わらせるつもりか?それとも、既に惑わした後か」


 アキラはセリアンスロープの表情をうかがう。


 どこか困ったような笑顔を浮かべていた。


 弁解が出来ないわけではないのだろう。ただ、相手がそれで退くとは思えない。「怪しい異種族」を取り締まるのが、彼の仕事でもあるのだから。


 再び口を開こうとして、先を越された。


「彼女は友人です」


 澄んだ声が静けさを導く。何事か告げようとした衛兵の口が半開きのまま言葉を発さなくなる。


 彼女の後に発言しても、誰も耳を傾けない。


 そんな気さえした。


「他に何か、質問でも」


 迷宮科に支給される指定の革靴が、一歩踏み出した。かつんと響く靴音に、衛兵は我に返ったように火具の持ち手を握る。一同の影が僅かに揺らいだ。


「……なら、よろしい」


 捨て台詞を吐くわけでもなく、しかし苦々しげに衛兵は呟いた。再び火具を掲げ、異国通りの方面へと歩き去る。


 ほ、とリシアが小さくため息をついた。


「なんというか、思い込みの激しい人だったね」


 曖昧に笑いながら溢す言葉は、いつもの声音だった。少し心細げだけど、年相応の幼さと若干の気の強さが滲む声。先程衛兵と相対した時とは別人のようだ。


 衛兵が退いたのは、おそらく彼女が「貴族」だからとかいう理由ではない。


 呑まれたのだ。


「いやあ、ちょっとヒヤヒヤしてしまった」


 ほんの少し声を潜めて、ケインは手を合わせる。


「ありがとう」


 礼の言葉を聞いて、あからさまにリシアは目を泳がせる。多分、照れているのだ。


「うふふ、友人ね。むふふ」


 続くセリアンスロープの言葉には、何処かこそばゆい喜色が滲んでいた。


「それにしても、今のはなんだか迫力があったな」


 リシアは一瞬、表情を失う。しかしすぐに焦りの表情を取り戻した。


「は、はくりょく」

「いつもよりも堂々としていたし、声もよく通っていたよ。まるで」


 口を閉し、セリアンスロープは考え込むようなそぶりを見せた。


「……舞台には慣れているのかな」


 問いにリシアは答えなかった。硬直した様子で立ち尽くす女学生を見て、即座にケインは謝る。


「すまない」

「い、いえ」


 歯切れの悪い応対の後、三人は再び歩き始める。


 静かな水鳥通りに立ち入った後も、どこかぎこちない様子で当たり障りのない話をするケインとリシアを横目に、アキラは先程の衛兵との会話を思い返す。


 そうだ。


 独壇場だと、思ったのだ。


 ナグルファルを庇った時もそうだった。リシアが時たま見せる貴族のような振る舞いには、場を制するような力がある。


 あるいは、あれが「聞き惚れる」というような状態なのだろうか。


 以前、そして先程の光景はセリアンスロープが言うところの「まやかし」にもよく似ている気がした。


「アキラ」


 友人が名を呼ぶ。


 「歌姫」の片鱗もない、いつもの声だ。


「お家、ついたよ」


 集合住宅の前で一行は足を止める。


「うん、ちゃんと送り届けることが出来たかな」

「ありがとうございます」


 満足げに頷くケインに礼を告げる。その隣に立つリシアを見つめて、右手を掲げた。


「それじゃあ」

「ええ」

「……また明日?」


 首を傾げるアキラを見て、リシアは虚をつかれたように眼を丸くする。


 そうして、はにかむように微笑んだ。


「また明日」


 濁りのない笑顔を見てアキラは安堵する。二人を横目に、ケインもまた手を挙げる。


「私も『また明日』でいいかい?」

「浮蓮亭に夕ご飯食べに行くと思います」

「そうかあ。リシアは?」

「わ、私はわからないけど……またすぐに会えます」

「ふふふ、楽しみだね」


 からかうような応対だが、剣呑さはない。「まやかしのわからない」アキラには、セリアンスロープの人当たりの良さは素のものであるように思えた。


 それじゃあ、と示し合わすわけでもなくそれぞれが同時に口にした。


 尻尾と共に手を振るセリアンスロープと少女の姿が見えなくなるまで、アキラは階下に佇んでいた。

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