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感覚質

 いつもより静かな浮蓮亭での食事を終える。天井に向かって手を振る赤子を横目に、アキラとリシアは帰り支度を整えた。


「ゴチソウサマ」

「今日もありがとう」


 二人して簾の向こうにいる店主に告げる。


「ハロにツケればいいんだな」


 返って来た言葉にどう対応すれば良いのか考えあぐねていると、当のハルピュイアが頷いた。


「うん」

「太っ腹じゃないか、ハロ」


 眉を顰める組合員を茶化しながら、代表も席を立つ。


「さて、次は私だな」

「いいんですか?」

「大丈夫大丈夫。ああ、これはツケとかではなく私の好意ってことで。そこら辺は気にしないでくれ」


 そう告げて、器用に片目をぱちりと伏せる。無論、その辺は分かっている。女学生二人……少なくともアキラは、夜干舎に対して第六班のような印象は抱いていない。


 だから、お言葉に甘えることにした。


「それじゃ、送ってくるよ」

「会計はどうする」

「また戻ってくるさ。話したいこともあるし……二人とも待っていてくれ」


 代表の指示にハロは生返事を、ライサンダーは短く返答をした。


「それでは」


 フェアリーが会釈をする。別れの挨拶に何を告げればよいのか迷って、アキラは無言のまま頭を下げる。


「さようなら」

「……さようなら」


 先に出たリシアの挨拶にならう。


 また今度、は確実性に欠けるような気がして告げられなかった。本当は明日にでも会いたいのに。


 開けた扉から風が通り抜ける。女学生を外に導いた後、セリアンスロープは静かに戸を閉めた。


「よし、まずは誰から送ろうかな」

「アキラの方が近いよね」

「じゃあ君から」


 やり取りの合間に頷きながら賑やかな大通りへと向かう。暗い路地の中、通行人も他にはいない。自然歩みも遅くなる。


「さっきのは、ちょっと驚いたな」


 ケインの瞳が光る。ドレイクの目とは違う、光を反射する眼差しに一瞬気を取られた。


「アキラにまやかしが効かないことですか」

「そうそう。ドレイクでは……二人目だ。私が会った中ではね」


 しげしげとセリアンスロープはアキラを見つめる。


「傾向として、ドレイクには覿面なはずなんだけどな」

「まやかしにも種族差とかがあるんですか」

「うん。効きにくいとか効きやすいとかはある」


 反射光がちらつく。瞳ではない。セリアンスロープの装飾品だ。


「私が得意なのは眼を欺すモノなんだが、ドレイクとハルピュイア相手に失敗したことは数えるほどしかない。ただ同族やフェアリーにはどうも振るわないね。というより、フェアリーに関しては効いているかがわからないと言ったほうがいいか」

「……以前、ハロさんがフェアリーは感じ方が違うって言ってました」


 リシアを探しにハロと共に行動した時のことを思い出す。確か方向感覚に関する話で出たはずだ。


「そうそう。複眼や触角は特異すぎてね」

「じゃあ、ライサンダーさんもアキラと同じで、ケインさんの髪色の変化とかわからなかったのかな」

「それに関しては多分、元の色覚が私達とは違う」


 セリアンスロープの言葉に、二人して首を傾げる。


「彼と、いや彼等と話していると、どうも青や紫の範囲が広いんだ。それに赤と黒も噛み合わないことがある。勿論、言葉の問題じゃない」


 難しい表情をしたままケインは言葉を切る。


「……でも、耳と尻尾を無くした時は驚いていたから、色が関わらないところでは効いてるのかも」

「そんなことも出来るんですか」

「出来るぞー」


 眼を丸くしたリシアを見て、セリアンスロープは尻尾を大きく振った。その様子がどこか楽しそうで、アキラは尾の先を目で追う。


 赤銅色の毛並みも、おそらくフェアリーには違う色に見えている。いつか頼まれて買った焼き菓子も、アキラには解らない色だったのかもしれない。そう思い至って、何故だか寂しくなった。


 異国通りを抜け、一行は駅前の広場を歩く。アキラの住む水鳥通りへと進もうとして、ケインの足音が途絶えたことに気付いた。


「ああ」


 振り返ると、セリアンスロープは何かを思い出したようにわざとらしく手を打つ。


「そういえば、一番手軽な荒療治を教えてなかったね」


 浮蓮亭での話の続きだろうか。立ち止まるケインとリシアの元へ戻る。


「荒療治、ですか」

「まやかしにかかってからも何か他の事に意識を分散させることが出来れば覚めるのは容易い。ただそれは、夢を夢だと気づくようなものだ。まだまだ練習が必要なはずだし、資質にもよる」


 細い指を一本立てる。


「第三者が叩き起こすのが、一番確実で簡単だ」


 尖った爪が、そのままセリアンスロープの頬に食い込んだ。


「痛みとかね」


 目の色が変わった、ような気がした。先程までのからかうような眼差しが、真摯なものになる。


「君がそういう役目を負うことも、有り得る。まやかしはセリアンスロープの専売特許ではないからね」


 その言葉の意味を考えて、頷いた。


「心します」


 そう告げて、リシアに眼を向ける。少し戸惑うような視線が交錯した。ただそれも一瞬で、すぐに少女は表情を変える。再び目が合った時には、迷いは見えなかった。


「勿論、そうならないのが一番だけど……もしもの時は心置きなく」

「そうそう、そうならないのが一番!」


 リシアの背を叩き、いつもの朗らかさを取り戻したようにケインは笑う。


 その横顔を、灯が照らした。

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