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見え方

「……悪いね。相手は私に用があるようだ。巻き込んでしまって申し訳ない」


 ぺたりと耳が垂れた。落ち着きを取り戻したリシアが呟く。


「夜干舎ではなく、ケインさんにですか」


 その問いにケインの返答は無かった。二人の組合員も、何か言いたげな様子で代表を見つめている。


 ケインはリシアから離れ、元の席に戻る。水を呷りひと心地ついた後、いつもの笑顔を作った。


「もしかしたら、また接触があるかもしれない。危害を加えられる恐れは無いが……まあ、不気味だろう」


 銀の指輪を煌めかせ、セリアンスロープは自身の胸に手を置く。


「その時は、すぐに私に言ってくれ」


 どこか不安げな表情でリシアは返事をした。アキラもまた首を縦に振る。


「はい」

「そんな事にならないのが一番なんだけどねえ。ああ、そうだ。今日は私がお家まで送ろうか」

「ちょっと」


 へらへらと笑う代表の背後で、ハルピュイアが鋭く声を発する。


「情報共有」


 かりかりと床を蹴爪が引っ掻く音が耳障りなほどに響く。それでもケインは笑顔を絶やさずに肩を竦ませた。


「後でだ」


 示し合わせたように簾が巻き上がる。蒸気と甘い香りがより濃く広がった。


「冷めないうちに食べてくれ」


 店主の嗄れ声と共に出された蒸籠と皿を各々に手渡す。代表の言葉にこれ以上の口出しは無意味と感じ取ったのか、ハルピュイアは頬杖をついて口を尖らせた。


「対処法は、ありますか」


 リシアが呟く。骨つき肉に食いつこうとしていたセリアンスロープは口を開けたまま、女学生の方を向いた。開けた蒸籠から濛々と立ち上る湯気の奥で、リシアはもう一度同じ言葉を告げる。


「対処法はありますか。あるいは、気をつける点とか」

「まやかしの、かな」

「はい」


 むーん、と冗長にケインは背を逸らす。申し訳なさそうにリシアの眉が下がったのが視界に入り、アキラも何となくケインの胸の内を察する。


「それ、僕も気になる」


 組合員の囁きに代表は悪戯っぽく返す。


「手の内は秘密にしておきたいがなあ」


 そうしてひらりと手を翻した。


「俯瞰に弱いよ、まやかしというのは」


 そうして赤子との差異を示したように、再び指で五感を司る部位を指し示す。耳、目、鼻。


「今、指を見ているだろう。その間に出来ることなんていくらでもある。でも、耳を済ませていたら。匂いを辿っていたら。自意識を分散すれば、糸口は呆気なく見つかる」


 気になって同輩の方を見る。案の定、疑問符で埋まっていそうな表情をしていた。


「えっと、こう……間に受けない、みたいな?」

「それも近い」


 視線を動かしながら、一層リシアは眉を顰める。何処となく挙動不審な様を繰り返す女学生に、セリアンスロープは声をかけた。


「よし、では練習をしようか」


 骨つき肉を皿に置き、右手を大きく左右に振る。その手が赤銅色の髪を一房掻き上げた。


「ほら、変わっただろう」


 暫し茫然としていた少女が、我に帰ったように小さく声を漏らす。


「あ」

「ま、待って。もう一回やって」


 慌ただしく席を立ち、ハルピュイアは厨房側の空いた席に腰掛ける。黒々とした目が真剣に、セリアンスロープの全身を見回した。


「ではもう一度」


 装飾品だらけの手が翻る。


 二人、今度は訝しげにうなる。


「何でだろう」

「わっかんない、変わってるのはわかるんだけど、その過程が意味不明なんだよ」


 頭を抱えるリシアとハロを、薄笑いを浮かべながら呪術師は眺める。独特の瞳孔が、今度はもう一人のドレイクを捉えた。


「見破れたかい?」

「はい」


 間髪入れず、問いに答える。


「変わりありません」

「おっ」


 一層楽しげにケインは頬を緩ませる。


「もうコツが掴めたのかあ」

「えー、どんなコツ?」


 目を瞬かせたり逸らしたりする二人を十分に眺めて楽しんだのか、ケインは再び食事に取り掛かる。付け合わせの芋に突き匙を立て、ふと思い出したように呟いた。


「また女学生の服の色に戻そうかな」


 リシアの制服をアキラは一瞥する。


「迷宮科のですか」

「リシアの服ではなくて。アキラ、君のその赤い服だ」

「この色にも染められるんですね」

「ん?覚えてないのかい。ほら……」


 突如ケインは笑顔を引っ込める。中空を見つめたまま、確認するようにゆっくりと問う。


「私の髪は何色だったか、覚えているかい」


 先程と同様に、間髪入れず答える。


「赤銅色です。ずっと」


 少し、ハルピュイアがたじろいだ様な気がした。質問したきり黙したままセリアンスロープは芋を口に運ぶ。喉が動き、小さく頷いた。


「そういう子もいる」


 やっと出た代表の言葉に、ハロは不満げな声を上げた。


「何それ」

「いや、うーん、そうかあ、最初からかかってなかったのか」


 何事か小言を告げる組合員をよそに、ケインは首を傾げながら肉を頬張る。


「そういう子って何」

「まやかしが『わからない』子だよ」


 困ったようにセリアンスロープは耳を横に寝かせた。


「弱ったね」


 最初に会った時と変わらない、赤銅色の頭髪を指に絡ませる代表を見つめる。


 先程の表情は、心底驚いたときのもののように見えた。

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