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組合同士(2)

 扉を開けるなり、泣き声は一際大きく響いた。机の上でうつ伏せになり微動だにしないハルピュイアを横目に、女学生二人は店に入る。泣き喚く赤子を余計に刺激しないように、小声でアキラは厨房に告げた。


「こんにちは」

「……いらっしゃい」


 簾の向こうの嗄れ声も、どことなく小さい。


「うん、今日も少し不機嫌なようだ」

「そうみたい」


 心配げな表情でリシアは泣き声を発する籠のそばに近付く。卓の隣を通った革靴の音に気が付いたのか、ハロがびくりと体を震わせた。


「寝っ……」


 何事か言いかけて、顔を上げる。常に気を張っているように見えるハロの珍しい姿を見て、アキラは少し驚く。一方の少年は即座に覚醒して、バツの悪そうな表情を浮かべた。


「なに」


 不機嫌そうな声音を聞いて頬を掻く。


「お疲れ様です」

「なんか腹立つ」


 そうして籠のそばのリシアを見据える。


「……良かった。今日も食事なんか奢るから、子守して」


 至極安堵したようなハロとは裏腹に、リシアはため息をついた。鞄や帯びた剣を立てかけ、籠の近くに腰掛ける。出来るだけ静かに足を運び、卓を挟んで籠の向かいにアキラは腰掛けた。


 籠の中を覗き込む。顔を真っ赤に染めて泣き声をあげる新生児と目が合った。くっと息を呑んで新生児は一瞬声を潜め、こちらを凝視する。その目をアキラもなんとなしに見つめ返す。


 見えているのか、判っているのか。黒々とした目を覗いても、まだ機微のようなものは伺えない。


「アキラ、びっくりしてる」


 不意に告げられ目を逸らすと、途端に赤子は泣き出す。静かに狼狽えるアキラの目の前で、リシアは新生児を抱きかかえた。


「よ、よしよし」


 リシアの顔がすっぽりと隠れた。子供が子供を抱えているような危うさを感じて、アキラは思わず手を伸ばす。どこを支えるかしばらく逡巡し、赤子のお尻に手を添えた。


 数拍して、意味のない行動だということに気付く。リシアの腕がしっかりと子供を抱えていることを確認して手を離した。


 とんとんとリシアは産着の背中を叩く。少し咳き込んだ後、新生児は静かになった。


「……おさまった?」


 新生児の向こうで少女が呟く。そのまま籠に向かって上体を傾けると、新生児は忙しなく四肢を動かし始めた。ぐずる気配を察知したのかリシアは再び椅子にもたれる。


「わかったわかった」


 そうして再び子供をあやす。


 本来そうするべき立場であろうハルピュイアに目を向けると、なんとも気まずげに目を逸らした。


「何食べたいの」


 その一言に、リシアは「テンシン」と返した。


「テンシン一つ」

「わかった。今日は黄身餡の饅頭がおすすめだが」

「じゃあ、それで」


 女学生への奢りを淡々と注文をした後、ハルピュイアは頬杖をつき目を伏せる。白い顔に薄らとクマが浮いていた。


 参っているようだ。


 少し気になったが仮眠の邪魔をするわけにもいかず、黙したままアキラは簾の隙間から出てきた杯を取った。


 二人分の杯を取った後、すかさずもう二つ杯が出てくる。それを見て内心アキラは浮き足立った。


 程なく、扉が開く。


「こんにちは」


 先に入って来たのはフェアリーだった。いつもと同じ外套を着込み、小声で挨拶をする。その背後から赤銅色の耳がひょっこりと覗いた。


 その隣でハルピュイアが伏せていた目を薄く開き、一瞬眉間に皺を寄せる。


「赤ん坊、起きてるかい」


 囁き声と共に、セリアンスロープが顔を出す。代表は赤子に覆われたリシアを目にして、口を尖らせた。


「こら、なんで女学生に任せてるんだ」

「僕より得意なんだもん」


 ハロは諦めたように告げる。


「それより、その頭どうしたの」


 続いた言葉を耳にしてアキラは思わず代表を注視する。セリアンスロープの髪型は以前と特に変わりはない。当のセリアンスロープは小さく「うん」と生返事をして、厨房側の席に着いた。


「ちょっとね」


 変わらない髪の具合を気にするように指を絡め、ケインは二人に赤銅色の瞳を向ける。


「いやあ、すまない。昨日も世話になったようだし」

「いえ、構いません」


 新生児の向こうでリシアが答える。突如として増えた客に驚いたのか、赤子は両足をばたつかせ首を巡らせた。その度にひらひらと鰓がそよぐ。


「ありがとうございます、リシアさん」


 代表の隣に腰掛けたフェアリーが頭を下げる。複眼が赤子を一瞥した。


「ご飯は食べましたか」

「ああ。吐き戻しもせずたらふく食べたよ」

「おやつは与えてもいいでしょうか?喜んでくれるのなら、何か点心を」

「赤ん坊って、粥ぐらいしか食べられないよ」


 呆れたようなハルピュイアの返答に、フェアリーは触角を微かに跳ね上げる。


「そうなのですか」

「そう……でしょ。いや、もしかしてドレイクは違う?ちっちゃいころから何でも食べられるの?」


 異種族三名の視線が女学生に向かう。アキラは記憶を辿り、幼馴染の「弟がパン粥を吐き戻す」といった昔話を思い出した。


「このぐらいの子は顎の力が弱いので、粥ぐらいしか食べられないです」

「ほらやっぱり」

「そうでしたか」


 驚くような声音だった。異種族ゆえ、なのだろう。


「フェアリーの赤ん坊は違うんだ」

「いえ、エルヴンの子供もある程度の時期までは柔らかいものしか食べられません」

「じゃあなんで」

「ドレイクの子供は、殆ど大人と変わらない姿なので……」


 そう告げられて、アキラはリシアと赤子を見つめる。体の輪郭や鰓の有無は大きな違いのように思える。


 ただそれも、同種ゆえ、なのだろう。

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