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組合同士(1)

 上級生の背中を見送り、友人に向き直る。どこか気まずげに此方を見上げる瞳に、自身の険の入った眼が映り込んでいた。


 慌てて口を開く。


「大丈夫、だった?」


 質問に虚を疲れたようにリシアはより一層目を丸くする。


「その、昨日のこと」

「あ……うん。なんだか怪しかったから、浮蓮亭のこととかは言わないようにしたんだけど」

「怪我とか」


 その言葉に再びリシアはきょとんとする。すぐに行き違いに気付いたのか小さく頷いたのを見て、アキラは安堵した。大丈夫、ということだろう。


「さ、流石にそんな危険な目には合わせないでしょ」

「まやかしに掛けられるって、相当危険だと思う」


 少女は口をつぐむ。今朝と同じく追及するような口振りになってしまった。少し黙して、口を開く。


「ごめん。心配で」

「あ、謝ることはないよ……ありがとう」


 リシアは僅かに視線を惑わせる。そうして、「気をつける」と小さく呟いた。


「あ、いや、どうやって気をつければいいんだろ」

「変な人にはついていかない、とか」

「そうじゃなくて、まやかしの対処法!いつの間にか路地裏に居たし……いつから術中だったんだろう。予兆とかあるのかな」


 考え込むリシアの発言を聞いて、アキラはますます穏やかではなくなる。


「路地裏」

「その、本当に質問をされて、少し話しただけだよ。多分その導入にまやかしが使われてたんだと思う」


 なおも考察をするリシアに、一つ提案をする。


「昨日のこと、夜干舎に伝えた方がいいと思う」

「え」


 提案に即座にリシアは了承をしなかった。ほんの少し目線を下に向ける。


「その方がいい、のかな。ちょっとね、組合の内情に首を突っ込みかねないことだったから」

「どんなこと」


 リシアの言葉につい問い返してしまう。悩ましげな表情で、少女は呟いた。


「相手が言ってたことなんだけど、伯母様についていた組合の屋号も夜干舎なんだって」

「同名?」


 たまたま、なのだろうか。


 そう思っているのはリシアも同様なようで、小さく頷く。


「聞かれた質問自体は、代表と組合員の構成についてだけ。どっちも答えはしなかったけど」


 少女は沈黙する。しばらく眉間に皺を寄せて、腕を組んだ。


「……ケインさん達を疑うわけじゃ無いけど、私だって彼らのことをよく知ってるわけじゃ無い。昔何があったのかもわからないし」


 角が立つのが怖いのだろうか。


 リシアの危惧も理解できる。組合同士の確執やらもあるのだろう。そこに首を突っ込みかねない発言はアキラも避けたい。だがこのまま何も告げずにいるのも良い判断とは思えなかった。


 二度目が無いとは限らない。


「私なら、取り敢えずケインさんに告げて、後は関わらないようにする」


 少なくともこちらのよく知る夜干舎は、女学生二人を内輪の問題に巻き込むようなことはしないだろう。報告だけに留めればよい。


 アキラの言葉にリシアは更にいくらか悩んで、頷いた。


「わかった。伝えてみる」


 リシアの決定にアキラもまた頷く。


「今日、浮蓮亭にいるかな」

「行ってみる?」

「うん」

「私も行く」

「ほんと?心強い」


 目的地が決まった。連れ立って正門へ向かう。


「聞かれたことだけじゃなくて、まやかしにかかったことも話してね」

「う、それも?」

「念のため」

「なんか恥ずかしい……」

「念のため」


 釘を刺す。観念したようにリシアは肩をすくめた。


「対処法も聞きたいからね」


 「まやかし」が具代的にどういうものなのか、アキラは正直なところよくわからない。しかしこれまで見てきたまやかしに惑わされている人々の行動を鑑みると、如何様にも悪用出来てしまう術のように思える。あの、一度は小通路で助けてくれたセリアンスロープがそんな悪人である可能性も、皆無ではないはずだ。リシアの言う通り、この機会に対処法を知っておきたい。


 まやかしについてなら、専門家に聞くのが一番だ。もののついでと一人切り出し方を考える。


「浮蓮亭で、食事もする?」


 物思いにふけるアキラの隣でリシアが尋ねる。数拍遅れて返事をした。


「ん……そうしようかな。夕食」

「確かにこの時間ならおやつよりは夕食だね。そういえば、普段は自分で食事を作っているの?」


 昨晩の夕食を思い浮かべる。目玉焼きと燻製肉にパン半斤。


「うん」

「すごい!料理するんだ」

「料理、かな」

「私も時々じいやに教えてもらったり手伝ったりするけど、アキラは毎日なんだよね。大変?」

「いや、焼くだけ」

「焼き物かあ」


 そんなやり取りをしているうちに、いつもの路地前に至る。リシアが小さく声を発したのを聞いてアキラは足を止めた。


「どうしたの」


 問いかけに被さるように泣き声が響く。住宅街では珍しくもない声だが、この異国通りで聞くと、何か良からぬことが起きているのではないかと勘ぐってしまう。


「今日もいるんだ、赤ちゃん」


 ほんの少し嬉しそうにリシアは呟いた。赤ちゃん、と同じ言葉を返すと少女はアキラは見上げる。


「夜干舎……というより、ハロさんが依頼を受けているみたい。子守」

「へえ」

「昨日の時点でだいぶ疲れているようだったけど、今日も大変そう」


 そうしていそいそと路地に入っていった。


 子供、好きなんだ。


 そんなことを思いつつ、リシアの後を追って浮蓮亭の扉の前に立った。

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