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わがまま

 待ち侘びた鐘の音が響く。


 いそいそと教科書や筆記用具を片付ける少女を横目に、令嬢は忍び笑いを洩らした。


「今日もリシアと?」


 囁く令嬢に向かって、小さくアキラは頷く。令嬢の口元が弧を描く。からかうように嘯いた。


「妬けちゃう」


 暫し黙して、アキラは答えた。


「約束したから」


 その答えに普段とは違うものを感じたのか、令嬢は目を丸くする。打って変わって至極真面目な表情で、友人に告げた。


「潰れないでね」


 友人の忠告とも憂慮とも取れる言葉に頷く。それは重々承知している。無配慮に「大丈夫」と言うことはないが、潰れてしまう前に声をあげることも今のアキラには出来るはずだ。


 リシアのためにも、伯母や令嬢のためにも、弱さを隠すつもりはない。


「他の人の事も、考えてる」


 令嬢が破顔した。頭に手が伸び、夜色の髪を撫で回す。


「まあ、なんだか大きくなって」

「え」


 なされるがまま、アキラはセレスの発言に首を傾げる。


「……貴女が本気だってのはわかるの」


 顔を上げる。


 大人びた目で、セレスはアキラを見つめていた。

「でも、ただの我儘だったらどうしようって、思ってた」


 冬空色に吸い込まれる。


 途端、ぺちりと肩を叩かれた。


「ちゃんと周りのこと考えてるみたいで、良かった」


 一瞬目を見開いたのを見逃さなかったのか、セレスはくるりと表情を変える。


「あ、今びっくりしたでしょ」


 顔を逸らすも、再び頭を捉えられた。一頻りアキラの髪を撫でくりまわした後、綺麗に整えて令嬢は友人を送り出した。


「また明日ね」

「うん、また明日」


 冬空色の目に挨拶を返して、教室を後にする。少女の言葉を内心で反復しているうちに、いつもの待ち合わせ場所に辿り着いた。


 まだ、待ち人の姿は無い。代わりに、あまり顔を合わせたくない人物が立っていた。


 女学生と談笑する迷宮科の上級生の碧眼が、アキラの姿をちらりと映す。片手をふいと上げ手を振った。作り物のような笑顔に会釈をする。最低限の礼儀だと思ったからだ。


 そのまま、掲示板へと足を運ぶ。


「アキラ」


 背後から声をかけられる。少し間を開けて振り向くと、シラーもまた此方へ歩み寄るところだった。


 ふと、シラーの背後に立つ女学生と目が合う。少し困惑するような表情が、半ば無理矢理作ったような笑顔に消える。


「シラー様」


 女学生は首を傾げる。


「お知り合いでしょうか」

「ああ、友人だよ。アキラだ」


 緩やかに貴公子の手がアキラを示す。紹介にもやもやとしたものを覚えつつつられて背筋を正すと、女学生もまた居住まいを正した。


「はじめまして。アキラ・カルセドニーと言います」

「え、ええ……」


 気の乗らない返事の後、女学生はシラーに助けを求めるような視線を向ける。当のシラーはその視線に気づかないようなそぶりを見せた。


「待ちくたびれたよ」


 続く言葉に警戒心を露わにする。


「何のことですか」

「また時間がある時に。立ち話で済ませるような内容でもないしね」


 シラーはアキラに背を向ける。状況を理解出来ていないアキラ以上に困惑しているらしい女生徒は、おどおどとした様子で視線を交互に動かす。


 じきに、何かに観念したように肩を落とした。


「申し訳ありません、時間を取らせてしまって」

「いや、僕の方こそ。また相談してくれ。その時は力になるよ」


 貴公子然とした微笑み。女学生もまた微かに口角を上げ、優雅な礼をした。


 立ち去る女学生の姿が正門の方へ消えた頃、シラーは口を開く。


「助かったよ」


 薄い笑みには見慣れた不気味さが滲んでいた。


「少し面倒だったから」


 ムッとする。先程の女生徒に対してもアキラに対しても、失礼な言い草だと思ったからだ。


「……貴方を頼っていたのでは」

「生真面目だね」


 鼻で笑われる。会話を続けるのも嫌になって、待ち人の姿を探した。


 生憎、影も形もない。


「リシアと待ち合わせかな」


 シラーは囁く。その言葉に律儀に答えてしまいそうになって、暫し口を閉ざす。


「また迷宮へ?」


 畳みかけられる。


「一緒に帰るだけです。友人なので」


 思わず声を荒げると、シラーは低く笑った。


「そうか。噂の二人とまた同行したかったんだけど」

「噂?」


 喜色の浮かんだ碧眼を見据える。


「普通科の生徒を引き入れた班がある。そんな噂だ。覚えはあるだろう」


 言葉を詰まらせる。他にそんな生徒がいるとも思えなかった。


「……彼女だけでは、不安じゃないかな」


 気遣うような声音には聞こえない。優しさの皮を被った嘲りのように思えて、アキラは憤慨する。夜色の瞳と碧眼、両方の視線がひときわ鋭く交わる。


 ふと、碧眼に何かが映り込んだ。


 反射的に振り返る。


 どこか気まずげな様子で待ち人が立ち尽くしていた。


「……お、お待たせ」

「ううん、今来たとこ」


 即座に否定する。


「そんな感じじゃなかったよね」


 即座に見破られ、二の句が告げなくなる。リシアの会釈に、シラーは何でもないような振る舞いで答えた。


「少し立ち話をしていたんだ……引き止めるのも悪いね」


 そうして二人に微笑みかける。


「それじゃあ、また」


 アキラを一瞥して、リシアとの間を通り去る。


 最後に合った目には、挑発とも好奇ともつかない光が宿っていた。

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