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清掃(3)

 何処から運び込んだのかもわからない、木板や大判の布を通路の端に積む。粗方纏めて、帰りの道すがら回収する算段だ。麻袋に放り込むには重過ぎる廃棄物は一先ず保留して、細かなゴミを拾い集める。堆く積まれたゴミの山も多少は低くなった。


「人手が欲しいね。みんな集合場所からあまり動いてないのかな……」


 隣で木材を引きずりながらフォリエが呟く。単に面倒なのか、身に覚えがあるのか。先程すれ違った生徒達も、ここまではやって来ていない。


 二人きりだった。


 小さく叫び声が響く。


「どうしたの?」


 ウィンドミルの柄に手をかけ、悲鳴を上げたフォリエの方を振り向く。木材から手を離し、地に座り込んだ女生徒がリシアを見上げた。


「ご、ごめんなさい。ネズミが走り出て来て」


 そう告げる合間に、山から瓶が転がり落ちる。見上げると、丸々と肥え太ったネズミが紙屑を蹴り散らしながらゴミを駆け上っていく後ろ姿が見えた。


「酷い環境」


 ぽつりとフォリエは呟く。右手が土で汚れた足を何度も払っていた。


「ネズミが増えているとは聞いていたけど……救助者も出たみたいだし、嫌な場所になっちゃったね」


 「第六班が助けた女生徒」の話は、すでに皆が知るところになっているようだった。麻袋を引きずり、フォリエは先日女生徒を見つけた脇道へと向かう。


「ここはもう大きなゴミしか無いから、他へ向かいましょ」

「うん」


 角を曲がっていったフォリエの後を追う。以前と変わらない穴だらけの地面が続いている。その暗がりの先に女生徒が倒れ伏しているような気がして、リシアは目を逸らした。


 フォリエが立ち止まって此方を振り向いた。首を傾げる彼女に、リシアは愛想笑いを返した。


 黙々とゴミを片付ける。籠手の代わりにはめた布手袋が何か水分を吸ったのか、指先が重くなってきた。ふう、と一息つくと、横で薄葉紙を拾い上げたフォリエが声をかけた。


「疲れた?」


 そう言う女生徒の表情も、少し上気している。その割には唇の赤みがやけに薄いのが気になった。


「うん。フォリエも疲れたでしょ」


 リシアの返答に、フォリエは愛想笑いを返す。水筒を取り出して口をつけると、それに倣って相手も水分を補給した。


「そうだ、良いものがあるの」


 喉を潤し、フォリエは小物入れを探る。小さな革袋の口を開けて、中身をいくつか掌に出した。


 乾果と豆だ。


「はい」

「ありがとう」


 ありがたく頂いた橙色の粒を放り込む。途端、鮮烈な酸味が口中に広がった。


 きゅっと唇を尖らせたのを見ていたのか、フォリエは愛想笑いではない微笑みを見せる。


「元気が出るでしょう」


 一連の対応に既視感を覚えて、リシアは女学生に尋ねる。


「もしかして、専攻は医術?」

「ええ」


 リシアの問いに頷いて、フォリエは右腕を少し前に出す。そうして何かに気がついたように口を覆った。


「どうしたの?」

「いえ、ごめんなさい。何でもないの」


 両手を後ろに回す。その仕草を見て、リシアは少女の腕に「無いもの」に気がついた。


「腕章が」


 知らずこぼした言葉に、一瞬フォリエは顔を強張らせる。しかしすぐに、元の人当たりの良さそうな表情に戻った。


「……無くしてしまったみたい。恥ずかしい」


 そう告げて、マイカと同じ医術専攻らしい女生徒は再びゴミを拾い集めた。


 頃合いを見て、二人は元の集合場所に戻る。木材を抱えてよろよろと歩いていると、男子生徒が一人駆け寄って来た。


「持とうか」

「ありがとう」


 中肉中背の男子生徒の言葉に甘えて、木材を渡す。リシアの荷物を軽々と抱えた男子生徒はフォリエにも声をかけた。


「そっちも」

「ありがとう、班長」

「まだ奥は片付いてないのか」

「ええ」


 やり取りの後に男子生徒は講師の元へ駆けていく。木材を下ろして、リシアとフォリエが出て来た通路へと去っていった。


「手が空いている生徒は、奥の通路へ」


 講師の声が響く。何人かの男子生徒が愚痴を言いながらも奥の通路へと向かった。


「良かった、また戻らなくても良さそう」


 フォリエが囁く。残ったゴミはリシア達の手には負えないものばかりだった。先程向かった人数ならゴミの山も簡単に崩せるだろう。


 麻袋を講師の元へ持って行く。


「袋がいっぱいになりました」


 他の袋の口を開け中を確認していた講師が、リシアを一瞥した。


「そこに置いて、別の袋を使いなさい」

「はい」


 空の袋を何枚か取りながら講師の様子を伺う。確認作業に戻った講師は、既に女生徒の事は眼中に入っていないようだった。


 同行者の一件以来、講師や学苑から何らかの反応は無い。その静けさが少し恐ろしかった。


「おい」


 突如声が降る。顔を上げると、兜の反射に目が眩んだ。


「はい」


 何とか返事をする。講師の隣で作業をするでもなく踏ん反り返っていた衛兵は、一切の曇りも無い籠手を掲げた。


「何か、不審物などは見つけたか」

「不審物ですか?」


 麻袋の中身や通路の様子を思い返す。ゴミ以外に目を引くものは無かったはずだ。


「いえ、特には」

「ふん」


 鼻を鳴らして、衛兵はそっぽを向く。その様にリシアは内心憤慨する。


「失礼します」


 頭を下げて背中を向ける。フォリエに声をかけようとして、再び呼び止められた。


「待て」


 振り向くと、衛兵と目があった。


 尋問でもするかのような視線が、徐々に足元へ降りて行く。


「怪物騒ぎの時に居たな」


 覚えていたのか、という驚きよりも先に「怪物」という言葉に反感を持った。この衛兵にとっては、未だナグルファルは異種族ですらないのだろう。あの時と同じ文句を告げようとして、口を開く。


「衛兵長殿」


 講師の声が通る。


「生徒を作業に向かわせてください」


 袋を確認しながらそう告げた講師を見下ろし、衛兵は舌打ちをした。


「行け」


 そう短く言い捨てて腕を組む。威圧的な風貌から目を背け、リシアは清掃に戻った。

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