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清掃(2)

 辛うじて壁面に残った燭台に明かりが灯る。配管を伝って徐々に暗闇が薄れていく小通路には、生徒達がひしめいていた。


 あたりを見回しながらリシアは前回の光景と照らし合わせる。散乱したゴミはそのままだが、ネズミの巣は打ち壊されている。おそらくあの日から、憲兵やネズミ駆除の依頼を受けた冒険者が何度か入洞しているのだろう。ネズミが駆ける気配も無い。それでも、そこかしこには獣臭が色濃く残っていた。


 一度崩れた環境は一昼夜では戻らない。だからこそ要因を積み重ねないように注意を払う必要がある。それを怠った結果、何が起きるのか。ある意味生徒達が身をもって知る「教材」なのだろう。


 麻袋が二枚、各自に配られる。作業前から上がる不満の声を講師の声が掻き消した。


「各自、不燃物とそれ以外のゴミを区分するように。回収は地上で行う。区分の不明なもの、不審なものはこちらまで届けてくれ」


 そう告げる講師の隣には全身から怒気を立ち上らせた衛兵が立っていた。略式とはいえ鍍金で飾り付けられた兜が、この場には不似合いなほどに輝いている。その兜を目にして、リシアは海から来た異種族の姿を思い出した。確か例の騒ぎの時、あの場にいたはずだ。


「不審物の検分、及び清掃後の確認と報告は我々衛兵が行う。心して掛かるように」


 不満の声が疑問の囁きに変わる。


「なんで衛兵が出てきたの?」

「事故の検分は終わってるんだよね」


 囁きに耳をそば立てつつ、リシアは首筋を伝う生温い汗を拭う。学苑内では続報も無い事故だが、行政は重く受け止めているようだ。今回の衛兵の同行も、「監視」としての面があるのだろう。見渡せば、周囲には揃いのお仕着せを身につけた衛兵達が距離を置いて配置されていた。高圧的な目つきは冒険者達の抗議が起きた時と寸分も違わなかった。


「作業開始」


 講師の一声で、一同は緩慢に動き出す。袋を手にしてリシアは生徒の流れから外れた。問題のゴミ捨て場はもう少し奥まった場所にある。そこへ向かおうとして、名を呼ばれた。


「リシアさん」


 振り向く。学内で出会った女生徒の一団が、まったく同じ顔ぶれで立っていた。一人がリシアの肩を叩く。


「一緒にやりましょう」


 そう告げて上品に微笑んだ。断る理由もない。リシアが頷くと、少女達はその場に立ち止まってゴミを拾い上げる。二、三個薬瓶を拾ったところで、手よりも口の動きが目立つようになった。


「ゴミ捨て場。必要だと思うのだけれど」

「ここをそのまま使えば良いのに」

「第六班が伝えたみたい。環境が悪いって」

「シラー先輩?」

「こういうの告げ口するのは、マイカじゃない?シラー先輩はこんな浅い層に来ないでしょ。採集組はそもそも首を突っ込まないだろうし」


 ああ、と一同は納得したような声を漏らす。その声音の冷たさに、リシアはゴミを拾う振りをして背を向けた。


「あの子はね」

「潔癖そうだもん、見るからに」

「マイカ一人が良い子ぶるなら良いんだけど、賛同する人がいっぱいいるから困るんだよね。今は爵位持ちでもなんでもないのに、なんなんだろあの取り巻き達」

「男女比見る限り、そういう事じゃないの?潔癖なのは学業面だけ、とか」

「じゃあやっぱり、あの噂本当なのかな。数学講師とマイカが」

「あの、私」


 耐えられなくなって声を上げる。女生徒達の眼差しが一斉にリシアに向かった。


「奥の方、行ってくる。まだゴミがいっぱいあるはずだから」


 返事を聞く間もなく、麻袋を手にして小通路の奥へ向かう。何名か清掃に励む生徒とすれ違い、最奥の投棄場所で立ち止まった。


 息をつく。


 マイカの話題だから逃げたわけではない。


 きっと、さっきの女生徒達は今度はリシアの話で盛り上がっているのだろう。その様を思い浮かべて暗澹とした気分になる。一方で、彼女達への勝手な想像ばかりが浮かぶ自身を省みた。


 足元で転がった瓶を拾い上げる。少し迷って、紙屑とは違う麻袋へ放り込んだ。


 喧騒は遠く、黙々とリシアはゴミを拾う。


 その肩に誰かが触れた。


 無言で振り向く。


「きゃ」


 勢いがついたのか、肩に置かれた手が弾かれた。我に返って、背後に立っていた女生徒に謝る。


「ご、ごめん」

「ううん。私こそ、急にごめんなさい」


 右手を引きつけ、女生徒は微笑む。見覚えのない女生徒だった。


「リシア、だっけ」


 女生徒に名を呼ばれ、リシアは咄嗟に頷く。しばらく考え込んだが、目の前の少女の名はついぞ思い出せなかった。申し訳なく思いながら尋ねる。


「……貴女の名前は」

「私はフォリエ。あの、私の名前は知らなくても無理もないわ。だって課程が違うから」

「そ、そうなんだ」


 フォリエと名乗る同級生は手に提げていた麻袋を地に下ろす。捲り上げた袖から、痣だらけの痩せた腕が覗いた。


 課外で負った怪我なのだろうか。リシアは畏敬の念を抱く。


「えっと、貴女の名前を知っていたのは有名人だから」


 両手を後ろで組み、フォリエは告げた。呆けた顔をしていたのか、リシアを見てくすりと笑う。


「シラー先輩と肩を並べるなんて、すごい事だと思う」

「あれはその、同じ依頼を偶々」


 内心穏やかではないリシアの傍らで、フォリエは足元の捻られた薄葉紙を拾い上げる。


「ここ、あそこの通路よりもゴミが多いね」


 腰を屈めつつ、女生徒は呟く。


「一緒に頑張ろう」


 細い腕で麻袋を引きずる。


 その様を見て、リシアは慌てて返事をした。

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