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 「依頼」の報告に満足したのか、令嬢は上機嫌な様子で去っていった。花と液浸標本を手にしたまま、リシアは気品の漂う後ろ姿を見送る。


 小さく溜息をついて、班長は頭を掻いた。


「気に入ってくれたみたいだ」


 そうして苦笑いを浮かべる。


「ともあれ、君の案のお陰で依頼は無事完了しそうだ。あとはよろしく頼むよ、リシア」

「は、はい」


 返答をしながら、内心安堵する。依頼についてはひと段落したと思っても良いのだろう。


 副班長も何処か肩の荷がおりたような表情をしている。


「また明日か明後日、依頼が済んだら第六班に報告してくれ」

「わかりました」

「それから……また、次の機会のことを考えよう」


 次の機会。その言葉を聞いて、リシアの胸の内から複雑な感情が噴き出した。思わず傍のアキラに視線を向ける。


 どこか険しい目で、女生徒はシラーを見つめていた。


 次の機会は、第四十二班のためのものではない。


 漠然とした憂慮が不意に凝り固まった。


 誰かが手を打つ。


「一先ず、解散しようか。昼食も取らないといけないだろうし」


 両手を合わせたまま、シラーはそう告げた。下級生二人に柔和な微笑みを向け、踵を返す。


 その言葉と行動に、どこか淡々としたものを感じてリシアは何事か声をかけようとする。しかし言葉は喉元で消え、班長の姿は遠くなった。


「良かったな」


 労いの言葉とともに肩を叩かれる。屈託なく笑うデーナに、リシアもまた行き場の無くなった笑顔を浮かべた。


「殿下とは気が合いそうだ」


 そうして少し申し訳なさそうに声を潜める。


「アタシも、もっと自信を持つべきだったな」


 はっとして、リシアは伝える。


「先輩が後押しをしてくれたんです。だから、その……ありがとうございます」


 デーナの後ろめたさを払拭したいあまりに、纏まりの無いまま口走ってしまった。そんな後輩の言葉に、デーナは唇の端を吊り上げる。


「こちらこそ」


 大きな手が伸びてきた。


 迷宮科の生徒らしいかさついた手が猫っ毛をかき混ぜる。


「それじゃ」


 軽い調子で別れの挨拶を告げ、デーナもまた立ち去る。少し乱れた髪を直しながら、リシアは小さく会釈をした。


「デーナ先輩」


 隣でリシアと同じく礼をしていたアキラが、頭を上げながら呟く。


「リシアのこと、可愛いんだろうね」

「え」


 心外の言葉に目を丸くする。


 確かに、迷宮科の先輩方の中でも特にデーナには気にかけてもらっている気がする。しかしそれは他の迷宮科の後輩や、アキラも含めた普通科の後輩に対しても同様なのだろう。


 それでも。


「……だとしたら、嬉しい」


 こそばゆいものを感じて視線を泳がせる。


 アキラはと言うと少し首を傾けて、リシアの顔をじっと見つめている。


「昼ごはん」


 赤ジャージの少女は唐突に呟いた。


「食べに行こうか」

「そ、そうだね。早く行かないと混んじゃう」

「今日は奢るからね」

「……ありがとう」


 改めて告げる少女に、観念してリシアは微笑む。


 長椅子を離れ、共に食堂へ向かう。


「何食べたい?」

「お魚にしようかな」

「煮込みと揚げ物と包み蒸しか」

「三品全部は食べないからね」


 念のため確認すると、アキラは少し目を丸くした。


「お菓子もつけていいよ」

「それは、食べちゃうかも」


 つい笑顔が溢れる。背の高い少女はリシアを見下ろして、ふと唇を引き結んだ。


 どこか険のある表情を見て、思わず歩みを止める。

「どうしたの」


 おずおずと尋ねる。


「……ごめん。少し、不安になっただけ」


 アキラは夜色の瞳を僅かに伏せた。


 その瞳の揺らぎも、感情も、リシアには良くわかる。


 不安なのはリシアも同じだ。


 それでも、シノブに、他の誰かに、告げなければならない。


 右手を掲げる。デーナがそうしたように、軽くアキラの肩を叩いた。


 きょとんとしたような顔で、アキラは肩口に視線を落とす。


「任せて」


 一つ息をついて、呼吸を落ち着ける。


「貴女の冒険の責任は、私が持つ」


 今のリシアにはそれが精一杯だった。


「私が貴女の班長になる」


 続いて出た言葉が、染みるように響いた。


 アキラの唇が薄く開く。


「はんちょう」


 その響きで、自身の言葉の意味を再び咀嚼した。


 顔から火が出そうになる。


「とにかく、シノブ伯母様が何というかはわからないけど、私から言えることは……無責任なままではいられない」


 リシア自身が、あの生徒手帳の署名にならなければならない。それが、一緒に迷宮に行ってくれた彼女に、リシアが出来る最大の保証のはずだ。


 アキラの瞳を見つめる。


 漣ひとつ立たない湖面のようだった。その色に既視感を覚え、リシアは目を瞬かせる。


 いつか見た、小迷宮の昏い湖に似ていた。蒼い光の合間の水面。


 不意に肩を叩かれる。


「うわっ」


 情けない声を出したリシアの肩に、アキラは手を乗せたまま呟く。


「私も、責任は果たす。リシア一人に抱え込ませたりはしない」


 静かな声だった。どこか遠いところから届くような声に暫し聴き入って、リシアは頷く。


 そうして、普通科の少女は再び歩み始めた。


 アキラの横顔にどこか強い意志が宿ったのを感じて、リシアは背筋を伸ばした。

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