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確執(1)

 懐中時計の文字盤を見つめる。踏ん切りがつかないでいるのを察したのか、助手が先に声をかけた。


「そろそろ、地上に戻りましょうか?ちょうど第三地上口まで調査も出来たし、区切りがいいと思う」


 試料と手記を交互に見せ、伺いを立てる。当初の割り当てまで調査は出来ている。助手の言う通り、今から戻れば日付が変わる前には帰宅することが出来る。


 それは、彼等も望むところだろう。


「想定外の事態がありましたからね」


 錫杖を突き、セリアンスロープが囁く。思いもしなかった遭遇が脳裏を過ぎり、シノブは眉間にシワを寄せた。


「もう一つ先の地上口には、いくつか休憩所が残っています。そこまで行ってみますか」


 念のためなのか、セリアンスロープは調査の意思を確認するように尋ねる。


「いや、帰ろう。元々日帰りの予定だ。契約書にもそう記してある」


 ため息が溢れる。今回の調査は精彩を欠いていた。アガタが補佐してくれたとは言え、帰宅したらゆっくりと調査内容と試料の確認をする必要があるだろう。この確認は、確実に日を跨ぐ。肩を回すとごきりと低い音が鳴った。


「地上口まで」

「はい」


 シノブの指示を受けて「夜干舎」の一同は踵を返す。歩く内に、自然と二人は前後で挟まれるような隊列の中にいた。先導をする呪術師に、依頼者二人に着く衛生士。そして、殿。


「種族まで同じか」


 ぽつりと呟いた言葉に、「夜干舎」の面子は僅かに反応した。真っ先に口を開いたのは、隣に寄り添うハルピュイアだった。


「おや。何か、気になる点でもあったのですか?」

「エラキスで知り合った他の組合も、三種族で構成されていたんだ。セリアンスロープとハルピュイアと、フェアリー」


 背後の女がぴくりと頭の上に乗った軍帽を蠢かせた。


「あら」


 浅黒い陶磁器のような頬が裂ける。


「もうフェアリーが入り込んでいたの。同族なら良いのだけれど」


 そう囁く女の形質は、あのライサンダーとかいうフェアリーとは似ても似つかない。外套から覗く黒く艶やかな肢体は、「妖精」の名に相応しい華奢なものだった。


「えっと、エルフだったわ。確か」


 助手の発言に、フェアリーの瞳が不思議な揺らぎを見せる。


「ああ、エルフ」


 打って変わってぶっきらぼうに呟くと、興味を失ったように視線を逸らす。フェアリーの変容を目にしてシノブはアガタの脇を小突く。


「繊細な話だったか?」

「そうかも。彼女、ドワーフだから」


 申し訳ない、と言うまでもなく前を歩くセリアンスロープが「お気になさらず」と告げた。


「同族意識が強いだけです」


 そういうものか。


 代表の言葉を聞きつつ、フェアリーの様子を伺う。外套の襟ぐりに指を差し入れ、息苦しげに引き伸ばした。


「……既にフェアリーが彷徨いているのなら、もう着込む必要もないでしょう?」

「そのフェアリーがどうしているかが判らんから、取り敢えず着ていてくれ」

「郷に従えってね、言うでしょ」


 外套を脱ごうとするフェアリーを、組合員は口々に止める。他勢に無勢と察したのか、どこか腑に落ちない様子で女は外套の釦を留め直した。


 一連の様子を注視し、シノブは目を細める。外套の裾から覗いたのは透かし編みの衣と、冷えた輝きを放つ「炉」だった。


 遺物を手放さずに隠し持つ冒険者は、そう珍しくはない。例え手に余るものであっても、遺物を手に入れたという「業績」を実物を持って提示するのは効果的な宣伝なのだろう。


 しかし、今見えた「炉」は、明らかに活きているものだった。その上武器として扱えるように加工も施されている。あの学苑迷宮科の少女が携えていた「ウィンドミル」と同質のものだ。


 そうなると話は業務戦略的なものからは掛け離れてくる。


 遺物を武器とする本職冒険者は、概して手練れだ。


「気門に障るわ」


 外套がもぞもぞと蠢く。構造上、身体を覆うのは呼吸や動作を阻害することになるのだろう。それでも隠す必要があるのは、住民の奇異の目を避けるためだろう。


 まだこの街は保守的で、異種族を受け入れる心構えも出来ていない。暫しの抑圧が彼等には続くのだろう。


「組合員は、これで全員なのか」

「いいえ。あとフェアリーがもう一人と……半ば組合員のようになっている依頼中の客が一人」

「食客みたいな感じかしら?風流ね」

「はは」


 セリアンスロープが低く笑う。道中を共にする客というと、それなりの太客なのだろう。


 何にせよ、もう一つの「夜干舎」とは随分と背景が違うようだ。


 足音だけが響く通路を抜け、「駅」に出る。幾分か閑散とした構内の隅で、シノブとセリアンスロープは「仕事」の最終確認をした。


「先の通り、支払いは現金ではなく小切手になる。不備があったら、碩学院に話が行くはずだ」

「ええ。かしこまりました」


 書類と握手を交わし、ひと段落する。互いに息を吐くとセリアンスロープは気が抜けたように覆面を整えた。


「ありがとうございました。急にお声かけしてしまいましたが、満足いただけましたか」

「ああ」

「それは良かった。これからも、ご縁があれば」


 覆面から覗く目が細まる。


「それから……もう一つの夜干舎の方にも、よろしくお伝えいただければ幸いです」


 では。


 そう言葉を切り、錫杖を打ち鳴らす。


 一瞬視線が虚空を向く。再び元の位置に目を向けると、そこには異種族達の影も形も無かった。


「あら、消えちゃった?」

「おい、書類はあるか」

「ちょ、ちょっと待ってね……うん、大丈夫なはず」

「ならいい」


 あたふたと領収書を確認するアガタを見つめ、セリアンスロープが最後に告げた言葉を思い返す。


 何かまやかしでも使ったのか、低い声音が妙に脳裏に焼き付いていた。

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