奢り(1)
女生徒三人、連れ立って異国通りへ向かう。
浮蓮亭へ続く薄暗い路地には、磨り硝子越しの仄かな灯りが影を落としていた。定休日なるものについて聞いたことはなかったが、ひとまず営業していることにリシアは安堵する。
金属の把手に手をかけ、扉を開ける。
「いらっしゃい」
いつも通りの掠れた声が出迎えた。続いて厨房前の席の手前に掛けたセリアンスロープの朗らかな挨拶。入ってすぐの卓にかけ、食前の祈りを捧げていたフェアリーも会釈をした。
「こんばんは」
「お、迷宮帰りかな?お疲れ様」
三人の挨拶に軽く頭を下げて、店内を見渡す。
夜干舎の面子は揃っている。以前シノブとアガタが来店した時以上の密度だ。厨房前に三人分の席がある事を確認して、扉を開け放し背後に続く二人を店内に誘導する。
「悪いね」
デーナもまた軽く頭を下げ、入店する。その目が即座に、死角に腰掛けるハルピュイアを捉えた。
「新しいオトモダチ?」
献立表から目を離し、ハロは首を傾げる。
「前のよりはマシな感じするね」
リシアは口端を引きつらせる。一時期班員だった男子生徒のことを指しているのだろう。
一方デーナはハロの小言を気にすることもなく、夜干舎代表の隣の席に着く。厨房を隠す簾が気になったのか、指をかけようとして慌ててセリアンスロープとハルピュイアに制される。
「あーやめた方がいい」
「え?」
「ここの店主、恥ずかしがり屋なんだって」
異種族二人の剣幕に押され、デーナは両手を膝の上に置く。
簾が少し巻き上げられ、杯が三つ並んだ。リシアとアキラも何とか、厨房前の席に横一列で着くことが出来た。
「おー、日替わりか」
「大盛りもしてくれます」
暫く献立表を眺め、デーナは隣のリシアに渡す。
「アタシは日替わり。アンタらは?」
「えっと、点心……」
「今日は大根餅がオススメだ」
すかさず簾の向こうから、店主が声をかける。その言葉に甘えて、ダイコンモチなるものを頼んだ。
「じゃあ、それで」
「アキラは?」
「日替わり大盛りでお願いします」
入店前から決めていたのであろう。即座にアキラは注文する。
食材を炒め合わせる音が響き、食欲を刺激する香りが充満した。デーナは身を屈めるようにして、下級生二人に囁く。
「今日はアタシが奢るからな」
以前交わした会話を思い出す。小迷宮の埋め合わせと称していたはずだ。断りの言葉も出ず、アキラとともに礼を告げる。
「ありがとうございます……」
「ご馳走様です」
二人を見て、デーナは屈託なく笑った。その笑みに僅かに後ろめたいものが滲んだのに気がついて、リシアは息を呑む。
ずっと気にかかっていたのだろう。あるいは、今もまだ。
「そういえば、拠点が同じとか前話してたな」
気遣いの言葉を考える前に、副班長は隣のセリアンスロープの方を向く。赤銅色の瞳が瞬いた。
「ああ。彼女達とは何かと縁があるんだ」
「羨ましいな。大概の生徒は、講師以外の本職から話を聞く機会なんてないし……そうだ、改めて自己紹介しとくか」
ケインは麦酒を、デーナは水を飲みつつ再度挨拶を交わす。
「デーナ・クルックスだ。二人のセンパイに当たる」
「あの貴公子じみた彼も同輩かい?」
「ああ。うちの班長……代表みたいなもんだ」
「なーに、知り合いだったの?」
ハロが間延びした声で聞いた。デーナは隅の席に目を向け、会釈をする。
「どうも。アンタもここの……失礼、名前なんでしたっけ」
「夜干舎だ。こちらも改めて挨拶をしようか」
ケインはまず自身の名を告げ、次いでフェアリー、ハルピュイアと組合員の紹介をする。
「総勢三名。ま、これからだ」
そう締め括り、代表はにっかりと笑う。デーナは感心したように相槌を打った。
「三名か。得意な依頼とかは」
「調査同行、平たく言えば用心棒が依頼としては多いかな。迷宮から出るまでの冒険を補佐するぞ」
「ということは、三人とも腕が立つのか」
「それはどうかなあ」
はぐらかすようにケインは一品料理をつまむ。川魚のすり身を一口で食べられる大きさに丸めて焼き上げた料理だ。
一方、デーナは三種族をどこか妖しい目つきで見つめる。その視線は「腕が立つ」かの値踏みのようにも思えた。
「私は非力だぞぉ」
巻衣から覗く腕を軽く振り、ケインは笑う。華奢だがしっかりと筋肉のついた腕だった。
死角でハロが鼻で笑う。即座に代表が振り向き、ハルピュイアは笑顔を引っ込めた。
「大多数のハルピュイアの方が非力だよ?」
「苦し紛れな言葉だな」
溜息をついて、代表は再び女学生達に向き直る。
そうして、一点を見つめた。
「?」
一瞬ケインと目が合い、リシアは狼狽る。しかしすぐに、彼女の視線が僅かに上方に向いていることに気がついた。
視線が注がれた先にリシアは手を添える。女学生の額から目を逸らすことなく、セリアンスロープは緩慢な動きで席を立った。
「ちょっといいかい」
装飾品で彩られた指が伸びる。尖った爪先が何かをつまんだ。
「……」
離れていったケインの指先をよくよく眺める。
硬質な毛が一本、そよいでいた。




