副案
二つの胴乱を抱え、駅前の広場に出る。
どこか沈んだ表情のアキラに声をかける勇気もなく、リシアはこれからの行先を考えた。
一先ず、植物には水を吸わせなければならない。水筒の蓋に水を注ぎ、応急処置用の茸綿を浸す。胴乱に収められた植物を取り出し、切り口に綿を巻きつける。
ぐったりと首の折れた花を眺めて、リシアはため息をついた。
「心配すんなって」
重苦しい雰囲気の下級生に気がついたのか、デーナは振り向きざまにっかりと笑う。その笑顔も、いつもより色褪せて見えた。
「色々と想定外の事態があったけど、まあどうにかするさ」
具体的な案は、副班長にも無いのだろう。いつぞやのキノコ狩りの時、ハロが提案した「解決策」が脳裏を過ぎる。こうも難航してしまうと、あの解決策に走ってしまう気持ちも理解出来る。もっとも、迷宮内の花を売買する場所など限られている。菫青茶房の調剤用薬草を贈るわけにもいかない。
いや。
保存すれば良いのか。
「あの、デーナ先輩」
前を歩く長身の女生徒に声をかける。女生徒は立ち止まり、再び振り向いた。
「ん、どうした」
「今日採取した植物、だいぶ傷んでしまっていて……生花としては渡せないと思います」
少し悩んだが、所見を告げる。その言葉をデーナは残念がるわけでもなく、興味深そうな表情で聞く。
「ということは、改めて採りに行かなきゃまずいか」
「生花が欲しいとは、依頼書には無かったはずです。なので、乾燥した状態で渡すのはどうでしょうか。あるいは、液浸標本のようにするとか」
ホラハッカや葉物はどちらでも問題無いはずだ。ユウレイランは乾燥させると黒ずんでしまうが、酒精に漬けると形を保ったまま半透明になる。ユリのような花も、同様に液浸標本に向いているだろう。
「液浸、って言うと、果実酒みたいな見た目になるわけか」
デーナは考え込む。発案したリシアは「果実酒みたい」という表現に言葉をつまらせる。確かに見ようによっては保存食の一種だ。ハッカも入っているし。
なにより、改めて思い直すと液浸標本紛いのものを贈られたら、相手はどう思うのだろうか。リシア個人としては判断しかねる。
「あ、あの、思いつきです」
そう付け加える。しかしデーナはなおも考え込むように下唇を弄っている。
暫しの沈黙の後、副班長は口を開いた。
「班長にそれ、提案してみないか?」
え、と思わず声が溢れる。
「いつ行けるかもわからない採集計画よりも、標本を作る計画の方が今は立てやすいだろ?納品の目処が立つ案も、出しておく必要があると思う」
それに、とデーナは付け加えた。
「その案なら、日持ちもしそうだしな。何処の誰に花を贈るかはわからないけど、生花はどうしても鮮度が落ちるものだし」
予想外の言葉だった。それとともに、「副案」の申し出に納得する。勿論両手にいっぱいの花を集めることが出来れば最良だ。それが叶わない場合、せめてもの進捗とそれに見合った案を出す方が、ただすごすごと依頼を取り下げるよりも展望があるのだろう。
「何か問題や意見があれば、班長も素直に言うだろうし。怯える事じゃあないさ」
快活に副班長は笑う。その笑い声を聞いて、リシアの肩が少し軽くなった。
「それじゃあ、明日の昼休みにでも」
「おう」
「……このまま、彼女達を送るか?」
それまで静かに佇んでいたゾーイが、会話の隙を見計らったように声をかけた。思わずリシアは懐中時計を見る。格段焦るような時間ではないが、幼馴染は確か門限があったはずだ。
時計の盤から、アキラの方に目を向ける。
心ここにあらず、といった表情だ。
無理もない。シノブと鉢合わせて一番動揺していたのは、リシアではなくアキラだったはずだ。
剣を携え、迷宮を逃げ惑う姿を見られたからには、言い逃れは出来ない。シノブにリシアは何と言えばいいのか。わかっていたこととは言え、答えに詰まる。
悩むリシアと傍目にはいつも通りのアキラのことは意に介せず、上級生二人は話し続ける。
「そーだな。確かマイカとゾーイがおんなじ方向だっけか。じゃあマイカはアンタに任せて、私が二人を」
「食事に行きます」
言葉の後に、遅れて手が挙がった。一同、アキラに注目する。
「外に出たら、お腹が空いてしまって」
アキラらしい発言だが、その表情と声音はいつもより気弱だった。
言葉が口をつく。
「私も、いい?」
彼女の憂鬱もリシアの蟠りも、原因は同じはずだ。それなら今日のうちに解消してしまいたい。
……そうでなくとも、何だか放って置けない。
一方のアキラも、小さく頷いた。
「そっかあ」
二人の動向を見ていた副班長が呟く。
ぺろりと唇を舐め、筋肉質な右手を挙げた。
「んじゃ、アタシも一緒に飯行く」
その申し出に、リシアだけではなくアキラも目を丸くした。数拍置いて、二人で首を縦に振る。
「はい」
「よし、じゃあ行こーぜ。ゾーイとマイカは?」
「僕も腹は減ってるけど」
ゾーイは送る予定の下級生に目配せする。マイカはもじもじと制服の裾を握り込み、首を振った。
「ごめんなさい。私は遠慮させてもらいます」
そうして、少し寂しげに微笑んだ。
「リシア。あまり遅くに帰らないように、ね」
聖女は踵を返す。
「そういうわけで、送ってくる」
「おう。制服通り過ぎるくらいまでは、ついて行ってやれよ」
「わかってる」
最後に軽く会釈をして、ゾーイはマイカの後を追う。去り際に腹の虫が微かに鳴った。
「で、どこ行くよ」
デーナが顔を向ける。その口元に、八重歯が覗いた。
「アタシとしては、あの浮蓮亭なんて良いと思うんだが」




