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見送り

 誰かに手を引かれ、壁沿いに誂えられた長椅子に腰を下ろす。その隣にアキラが座った。


「大丈夫かな」


 ぽつりとこぼした言葉に、リシアが答えていいものか。黙したまま処置を待つ。


 第六班の面子もまた、思い思いの位置で成り行きを見守る。班長とゾーイは医務室の前に陣取り、デーナは長椅子の端に腰掛けた。


 ただ一人、マイカはほど離れた場所で所在なさげに立ち竦んでいた。


「すみません、先程の女学生の学生証はありますか?」


 受付の窓から身を乗り出し、事務員は声を張る。すかさずシラーが医務室の戸を叩き、入室した。一分も経たないうちに班長はひしゃげた学生証を携え出てくる。


「学苑には、医師が駐在しているの?」


 右隣に座るアガタが囁く。その目は、再び電鍵を打つ事務員を鋭く見つめていた。


「いえ、医師は衛兵や最寄りの医院から呼び寄せます……学苑を通して、保護者を呼ぶんです」


 そう告げる声が、自分でも重く暗くなっていくのがわかる。


 まだ息はあるが……変わり果てた娘の姿を見たら、彼女の両親はどう思うのだろうか。


 再び医務室の戸が開く。


「終わったよ」


 あっさりとした合図だった。ハルピュイアは静かに戸を閉め、アガタに歩み寄る。


「戻ります?助手殿」

「あ、ま、待ってください」


 ハルピュイアとリシア、そしてアキラの顔を助手は挙動不審な様子で見つめる。教授の頼みは、アキラ達が駅から出るまでを見届ける事、だったはずだ。


「貴女達も、帰るのよね?」


 確認するようにアガタは問う。


 このような事態になってしまった以上、今日は再び迷宮に潜るという事は無いだろう。小さくリシアが頷くと、アガタは眉尻を下げて顔を覗き込んだ。


「……学苑の人が来たら、事情聴取もあるのかしら」

「はい。あると思います」

「それなら、私達もいた方がいいかしら。特に治療をした貴方は」

「それに関しては、記録を残しておいたから問題無いと思うよ」


 ハルピュイアの細長い指がシラーを指し示す。何やら診療書のような書類に目を通している。


「引き継ぎはあれで十分なはずだよ」


 そう告げた後も、アガタは悩んでいるようだった。学苑の人間や医師が来るまでは、リシア達はここに拘束される。その間アガタが戻らなければ、シノブの作業は中断したままだ。だが退出を確認するという依頼以前に、アキラをこの場に残して去るのは気が咎めるのだろう。


 迷惑をかけている。


 そんな言葉ではもう済まされないのは、百も承知だ。


「……ごめんなさい。もう少し待っててもらっても、いいかしら」

「うんうん、この子達が帰るまでだもんね。了解ですよ」


 アガタが告げると、ハルピュイアは思いの外気さくに返答をした。


「よっこいしょ」


 そうして、アガタの隣に腰掛ける。離れた位置のマイカが怯えたような表情をして、更に端にずれた。


 乗り掛かった船、という事なのだろうか。てっきり合流を促すと思っていた本職冒険者の意外な答えに、リシアは内心驚く。


 ふと視線を感じた。顔を上げると、シラーの蒼い眼が冷ややかな視線をハルピュイアに投げかけていた。思わず姿勢を正す。


 以前、小迷宮で夜干舎が護衛を提案した時、シラーは丁重に断った。今回は、彼にとっては不本意な事態なのだろう。


 再び地面に視線を落とし、ただただ時が過ぎるのを待つ。


 どこからか足音が聞こえ、周囲が騒ついた。


「怪我人は」


 揃いのお仕着せを纏った衛兵が数人、受付の前に立った。事務員が不明瞭な言葉と手振りで医務室を指すなり、一行は返答も無く向かう。


 衛兵の一人が医務室の前に佇むシラーに気付き、礼をした。

「ユークレース卿の」


 後に続く言葉も程々に、シラーは医務室の戸を開き衛兵を迎え入れる。


「処置はどなたが」

「道中出会った方が、簡易処置を行ってくれました。こちらに詳しく記されています」


 衛兵の眼がハルピュイアを見つめ、すぐに反れた。遠巻きな視線に滲む「忌避」に、リシアは居た堪れなくなる。


 衛兵とのやり取りを終え、班長は班員達が屯する壁際に歩み寄る。片手を挙げ、合図を出した。


「話したいことがある」


 端に座っていたマイカが腰を上げた。リシアもまた立ち上がり、シラーに向かい合う。


「……大変なことになってしまったね」


 そう呟くシラーの表情は硬い。声もいつもの穏やかさを欠いて、事態の深刻さを言い含めるようだった。


「これから、学苑からも人が来るはずだ。おそらく事情聴取があると思うけど……それは班長一人で十分なはずだ」


 硬質な表情が一瞬崩れる。


「各自、家に戻るように。依頼についてはまた明日、昼食時に中庭で相談しよう」


 質問は、と言葉を切ってシラーは班員と下級生を見渡す。数拍置いてデーナが挙手する。


「花は持って帰ろうか?」


 一瞬班長は、胸元の胴乱に目を落とした。体にかけた紐を取り、リシアに差し出す。


「一晩、任せてもいいかな。植物の管理に関しては、リシアが一番長けているようだから」


 言葉にならない返事と共に、首を振る。円柱型の胴乱を受け取ると、シラーは礼を告げた。


「ありがとう。頼むよ」


 それから、もう一度班長は一行の顔を見る。


「……忘れていた。剣は、デーナに渡してくれ」

「あー、明日渡すわ」


 そのやり取りを聞いて、アキラがいそいそと剣帯を外す。デーナが剣を受け取るのを見届け、最後にシラーは微笑んだ。


 班長は医務室へ向かう。その背中を眺めていると、肩に腕がのし掛かった。


「よーし、帰るか」


 肩越しに笑う副班長の笑顔が眩しい。


「ゾーイもマイカも、途中までは一緒だぞ」


 残る班員二人を手招き、デーナはハルピュイアに向き合う。


「ありがとうございます」


 真摯な眼差しと共に礼を告げる。それまでの姿とは一変して、大人びた横顔にリシアは目を奪われる。


「お互い様だよ」


 難無く告げて、ハルピュイアは腰を上げる。


「助手殿、彼女達帰るみたいだね」


 傍らの助手は、未だ悩んでいるようだった。腕を組み、アキラに問う。


「私も着いていく?夜道だし」


 赤いジャージの少女は首を横に振った。


「ううん。おばちゃんが待ってるから」


 そうして目を伏せる。


「ごめん」


 助手が何か言葉を飲んだ。しかしすぐに笑みを作り、アキラの肩に手を置く。


「真っ直ぐおうち帰って、戸締りもしっかりね?それから、早く寝ること」

「うん」


 アキラが頷くと、それを見届けた第六班が出口へ向かう。その後を二人は追う。


 途中振り向くと、アガタとハルピュイアがこちらを見つめ、立ち尽くしていた。見送りではなく確認なのだと気付き、リシアは小さく会釈をする。


 前回と同じ、蟠りの残る解散になってしまった。

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