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鉢合わせ(1)

「教授?」


 思わず口を突いて出た言葉に、第六班の面子が訝しげな顔をした。続いて普通科の女生徒と向き合う、良く似た顔立ちのドレイクに気付いたのか揃いも揃って目を丸くする。


「うわ」


 一人、デーナが露骨に驚いたような声を上げた。シラーは瓜二つの顔を見比べ、感心したようにため息をつく。


「えっと……ご親戚、でしょうか。初めまして」


 手負いの少女を背負い直しつつ、頭を軽く下げる。この状況で咄嗟に挨拶が出てくるのがシラーらしい。


 会釈をした目がすぐ様、リシアの隣に立つ冒険者に向く。


「ありがとうございます。ネズミが退いてくれなかったら、どうなっていたか。あれもまやかしなのでしょうか」


 冒険者がくぐもった笑い声を出す。覆面の上からは表情も性別も窺えない。ただ、地につくほど大きな尾が、冒険者の種族を如実に表していた。


 「夜干舎」の代表と同じ、セリアンスロープだ。


「ええ。その通りです」


 ネズミと相対した時よりも幾分か朗らかな声で冒険者は答える。それでも随分と低く、腹の底に響くような声だった。おそらく男性だろう。


 そして。


 小通路の入口で洞内を警戒するように立つ二人の冒険者に、リシアは視線を向ける。


 一人は嘴のついた面を被り、目玉模様の尾羽を腰から流し下ろしている。光の加減で妖しく輝く尾羽と脚の蹴爪は、リシアの見知った異種族の少年とは随分と違っていた。


 もう一人は、軍帽を被り丈の長い外套を纏った少女だ。滑らかな質感の肌、艶やかな黒髪、薄布の外套に透ける華奢な体躯。その姿はまるで……可憐な「妖精」だ。


 不意に「妖精」が、こちらに目を向ける。その独特な眼差しに違和感と既視感を覚え、リシアは慌てて目を逸らした。


 ドレイクではない。それだけは確実だった。


「随分と酷い目にあったようですね」


 セリアンスロープが気の毒げに呟いた。シラーの背負った少女を指しているのか。あるいは、憔悴した様子の全員を指したのか。


「ええ、それはもう。ですからすぐに地上に戻らないと」


 班長の言葉には焦りが滲んでいた。本当は挨拶などしている余裕も無かったのだろう。


 区切りをつけて、場を離れるつもりだ。


 しかし、このまま「彼女」から何の言葉も無く立ち去ることが出来るのだろうか。先程と同じように立ち尽くす教授の方を、恐る恐る見る。


 夜色の瞳がこちらを見つめている。


 普通科の友人の瞳とはまた宿る光が違う。どこか冷淡な視線は、突如穴から現れた生徒達の顔を順に捉えた。その動きが異様に緩慢で、リシアは慄く。


「では、我々はこれで」

「何をしていたんだ」


 シラーの別れの挨拶をかき消すように、枯れた声が響く。


「さっきの慌てようは?ネズミがどうとか言ってたな。その怪我人はどうしたんだ、生きているのか。皆無事ではないように見えるが」


 淡々と教授は口を動かす。いくつもの問いに答える隙も無く、学生一同は立ち竦んだ。


「何故ここにいるんだ」


 最後の問いは、アキラとリシアに向けたものなのだろう。


 姪よりもずっと、苛烈な性分であることはこの数日でわかっていた。そんな彼女が怒りを必死で押さえつけているのを感じ取って、リシアは答えを模索する。


「あの、アキラは」


 何も、と告げようとして、口を閉ざす。


 何も。何が。悪いのか。良いのか。


 一瞬掴みかけた答えが、混乱の渦に消えていく。


 リシアの声が耳に届いたのか、シノブは一瞬、視線を向ける。一つため息をついて、目を伏せた。


「わかっている。なんであれ判断したのは、アキラだ」


 どこか、諦観のようなものが滲んだ言葉だった。


 虚げに手を挙げ、セリアンスロープを手招く。


「すまない。医術の心得がある者は」

「一人おりますが」

「なら、そこの怪我人を見てもらえないか。それと、彼らの道中の護衛を頼みたい」

「人員を二分するということですか」

「ああ。依頼には無いが、それについては後で相談しよう」


 暫し、教授と冒険者は言葉を交わす。セリアンスロープが何やら指し示すと、小通路を覗き込んでいたハルピュイアが一礼し、第六班班長に歩み寄った。


「失礼。容態を確認しても?」


 ハルピュイアの言葉に、一瞬シラーから笑顔が消える。しかしすぐに、元の貴公子然とした表情を取り戻した。


「お願いします。此方も応急手当はしているのですが」

「ああ、どうりで」


 革手袋を外し、ハルピュイアは女生徒の腕を取る。続いて脚の包帯を器用に取り去った。


「それから私は」


 一際大きく声が通った。


 口を開けたまま、教授は逡巡するように腕を組み、助手と姪を見比べる。


「……私は、調査を続ける。アガタ。駅まで彼と一緒に皆を送ってやってくれ」

「え?ちょっと、そしたら教授一人で調査するの?」

「そんなわけはない。此奴が駅から出ていくのを確認してから、戻って来い」


 人差し指がアキラを指した。


「駅から出て、真っ直ぐ、家に帰るんだ。ここでごちゃごちゃ言うつもりはない。というより、言わせるな。はらわたが煮えくり返ってまともな判断が出来なくなりそうだ」


 そうして、教授は口を閉ざした。「拒絶」の姿勢を取った伯母に、アキラは何事か告げようと唇を開きかけ、引結んだ。

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