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休憩のち

 何度目かの「相談」が始まった。


 胴乱を開け、シラーは成果を見せる。


「花束、とまではいかないね」


 困ったように頬を掻く。花と呼べるものはユウレイランと先程拾ったユリのような花しか無い。先日のホラハッカと合わせても、三種類だ。


 依頼主のお眼鏡に適えば良いが。


「リシアの言う通り、シダを混えたほうがいいかも」


 花や葉を再び胴乱に収める。各々も籠手や剣帯の具合を確認し、次の行動に備える。


「どうします」


 懐中時計を確認したゾーイがシラーに囁く。随分と時間が経っているように思えたが、まだ夜ではない。


「色々とおかしなものも見つけちまったし、忘れないうちに上に伝えないとな」


 周囲を見渡しつつ、デーナは釘を刺すように呟く。副班長は探索の継続に乗り気ではないようだ。


 一方の班長は考え込んでいる。


 リシアは普通科の少女の様子をちらりと見た。女生徒は球根を掘り返した跡と思わしき穴を布靴の爪先でほじくっている。特に疲れた様子は見えないが、相手が悪いことに気がついて観察の対象を変えた。


 聖女は、疲れている様だった。


「平気?」


 思わず声をかける。俯き加減に頬を手巾で拭っていたマイカが、ハッとしたように顔を上げた。


「ええ」


 どこか狼狽えるように、マイカは肯く。そうして手巾を仕舞い、かわりに紙包を取り出した。


「一つ、あげる」


 広げた薄葉紙の中から出てきたのは、焦げ茶色の飴だった。砂糖と乳を煉り合わせた甘味の欠片を摘み上げ、リシアに差し出す。


「甘いものを食べると、元気が出るから」


 以前もそう言って、飴を分けてくれた。入学当初の情景を思い浮かべ、慌ててリシアは礼を述べる。


「あ、ありがとう」


 飴を口に放り込む。歯触り良く崩れた飴が、疲れと不安を僅かに溶かした。


「体は大事にしないと、ね」


 聖女の唇が薄く弧を描く。


「リシアも、無理はしないで」


 這い寄るような違和感を覚えて、思わず声を上げる。


「アキラ」


 赤ジャージの少女がこちらを振り向いた。虚を突かれたような目に助けを求める。


「アキラも、平気?」


 先程聞くのをやめた質問をする。アキラは何故か腹に手を当てて、肯いた。


「まだまだ平気」


 その言葉に、以前のような危うさは感じられなかった。少し安堵して、目の前のマイカに視線を戻す。


 薄葉紙の包みを手に、何事も無かったように聖女は班長の元へ向かった。


「班長」


 鈴を転がすような声が背後に響く。班員の体調を確認しているのだろうか。


 どうあれ興味は逸れたようだ。リシアは息をつき、どこか不可思議そうな表情のアキラに空笑いを向けた。


「あ」


 小さな声と共に、地に何かが散らばった。


 振り向くと、マイカが薄葉紙を片手に立ち尽くしていた。きらきらと飴が暗がりで輝いている。


「ごめん」


 向かい合ったシラーが詫びる。マイカの蜂蜜のような髪が揺れた。


「いいえ、私が落としてしまったんです」


 手が滑ってしまって。


 そう呟きながら、薄葉紙を折り畳む。


「疲れているみたいだね」


 シラーは腰をかがめ、飴を拾い集める。ネズミの糧になるのを防ぐためだろう。マイカもまた、班長の姿を真似るように膝を折り、飴を細い指でつまむ。


「……戻りながら、もう一度花を探そう。ああ、花以外にも何か植物があったら、一先ず採集してくれ」


 顔を上げてシラーは微笑んだ。思わず顔が上気して、リシアは目を背ける。


「戻るの」


 背後で誰かが囁いた。今までに聞いたこともない、暗い声。


 冷たいものが体を駆け上る。「誰か」。一人しか、いないじゃないか。


 振り向くと、いつもと同じ無表情の女学生がそこにいた。


 遺憾とも諦念とも取れない、寧ろその表情と同様に何の感情も込められていないような言葉が気がかりで、同行者に尋ねる。


「アキラ、今のは」


 何かが駆けた。


 アキラの目に光が宿り、振り向き様に剣を抜く。


 数分前に歩いてきた道の先に、嫌と言うほど見た小動物の影があった。


「またか」


 背後でシラーが吐き捨てる。


 最前列となったアキラが剣を構えた瞬間、ネズミが再び駆け出した。アキラの剣先から僅かに逃れ、脇目も降らず向かってくる。


 黄色味がかった歯を剥き出し、ネズミはマイカに飛びかかった。


 鋭い叫び声が聖女から発せられる。振り回した手に遮られ、地に伏したネズミにすかさず刃が突き立てられる。


「大丈夫か」

「は、はい……」


 乱れた髪を耳にかけ、マイカはシラーに向かって礼を述べる。ウィンドミルを抜き、リシアはアキラに声をかけた。


「まだいる?」

「三匹」


 素早く答えて、赤ジャージは横に薙いだ。


 重く湿った音がして、ネズミと思わしき塊が転がる。


「また増えた」

「あいつら追っ払わないと、戻れねぇな」


 錘を手に副班長が前線へ向かう。


 その足元に、黒い影が纏わり付いた。


「うわっ」


 デーナが声を上げ、不可思議な動きをした。


 長靴の踵に、ネズミが齧り付いている。


「なんだこいつ」


 即座に、デーナは足を振り上げた。空に放られたネズミは通路の奥で受け身を取り、再び駆け寄ってくる。


 ネズミはアキラには目もくれず、デーナに向かう。その足元を更に一匹、擦り抜けてきた。


「すまん、そっち行った!」

「わかってる」


 シラーが動く間に、ネズミはマイカの足元に纏わり付いた。長靴の厚い革に歯を立てる小動物をウィンドミルで払い除ける。内臓を綻ばせ、ネズミは横転した。


「足!気を付けろ!」


 何匹目かのネズミを蹴上げ、デーナが叫んだ。


 明らかに、足を重点的に攻撃している。


 自身の足元にも纏わり付いてきたネズミを払い、リシアは冷や汗を流す。


 足首を食いちぎられれば、動きを封じられるだけではなく、失血死の恐れもある。それを狙っているかのような小動物の挙動に、薄気味悪さを覚えた。


 そしてもう一つ、異様な点に気付く。


 ネズミはアキラ「以外」を狙っている。


 唇を噛みしめ剣を振るうアキラと、自身の姿を見比べる。アキラは赤いジャージを見に纏い……リシア達は「迷宮科の制服」を着ている。


 小さくネズミが鳴いた。黒々とした瞳が、こちらを見つめている。


 途端、不気味な妄想が脳裏を過ぎる。


 一度、狩りが成功したのだ。迷宮科の生徒を相手に。


 彼らにとって、この服は獲物の証だ。


 そんなの、馬鹿げている。


 剣を小動物の瞳に突き立てる。


 その瞳に宿った最期の光に悍しい知性を感じて、リシアは目を逸らした。

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