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原因(2)

 一瞬、リシアは同行者達の腕を注視する。各々の腕に留め付けられた腕章を確認して、再び「落とし物」に目を向ける。


「医術専攻の、ですね」


 マイカが呟く。震えを抑えるように前掛けを握り込み、一歩後ずさった。その左腕で、同様の配色の腕章が煌めく。光沢のある繊維を織り込んでいるため、迷宮内でも僅かな光を反射するのだ。


「行方不明者の情報は」

「……確認してなかったな」

「役所へも依頼の手続きに行ったきりだし」


 上級生三人の会話に耳を澄ませ、自身も今朝の掲示板の内容を思い返す。第一通路で行方不明者はいなかったはずだ。


 もっとも、行方不明者扱いされるのは相当に日が経ってからだ。腕章の主が無事である根拠にはならない。


「他の班の動向について、何か知ってる事とかは」


 ぱらぱらと紙をめくる音が響く。目を凝らすと、ゾーイが年季の入った付箋だらけの手帳をめくっていた。リシアの手帳など比べ物にならないほど緻密に書き込まれた紙面を覗き込もうとした途端、風圧を感じる程の勢いで閉じる。


「三班と二十一班が二日前にここに入ってます。三班は学苑に帰ってきてはいますが、講師に報告はしていないようです。二十一班はまだ班長が登苑していません」

「二十一班が怪しいね。二日ということは……今頃はもう役所に掲示されているかも」

「回収人も来るかもしれませんね」

「まあ、何にせよ、だ」


 デーナは腰の小物入れから丸釘を取り出す。土壁のちょうど目線の位置に釘をねじ込み、腕章を掛けた。


「先には進むのか?」

「勿論」


 躊躇もなく、第六班の班長は答える。


「この腕章の主のためにも」

「助けるんですか」

「出来る事なら。一番の目的は依頼の達成だけどね。それに……ただの落とし物の可能性だって、あるわけだし」


 シラーは微笑む。次いで、誰かを手招いた。


「配置換えをしようか」


 リシアは僕の後ろに。


 自身の名を呼ばれた事実を呑み込むまでに、数拍かかった。返事をする間もなくゾーイが先へ進み、シラーが後を追う。


「アキラはアタシの前でいいか?」


 班長の背にデーナが質問を投げると、暗がりでひらりと手が揺れた。


 それでいい、と言っているようにも思える仕草を見て、副班長はアキラを呼ぶ。


「よし、次はアンタの話も色々聞かせてくれ」


 次いでリシアの肩を軽く叩いた。


「ほら、置いてかれるぞ」

「はい」


 勢いだけ良い返事をして、シラーの背を追いかける。


 湖で出会った時と変わらない後ろ姿だった。


 後頭部ばかりを見つめている事に気付いて、慌てて足元に視線を落とす。湿った地面にはシダが繁茂していた。


 前をいく二人に一声かけて、カガミシダの葉を何枚か折り取る。


「何か気になったのかな」

「えっと、花だけではなく、葉も合わせるのはどうかと思って」

「ああ……確かに緑が入ると映えるね」


 得心したようにシラーは頷く。リシアが胴乱にシダを収めたのを見届けて、先へ進んだ。


 ネズミの爪音も無く、静かな道が続く。


 カガミシダとツルギイ、ほんの少しのホラハッカ。青々とした葉の合間に、つい目を凝らしてしまう。


 服、髪、血、骨。


 ヒトの一部が隠れていないか。


 気が滅入るような想像をして、一人暗澹たる気分になる。


「これだ」


 鬱々としていると突如、シラーが声を上げた。


 指差す先に、花が一輪落ちていた。


「この花だよ」


 傍に膝をつき、伏したような花茎を拾い上げる。


 ユリだ。


「おお、綺麗じゃん」

「見たところ、ユリかな。ネズミが巣材に使おうとして落としたのかもしれないね」


 鋭利な刃物で切り取ったような茎の切断面をシラーは眺める。


「ネズミの落とし物だけど……ありがたく頂戴しよう」


 自身の胴乱に花を収めて、班長は立ち上がった。


「もう少し、この辺りを探してみよう」


 そう号令をかけて、先へと進む。


 一方リシアは歩きながら、これまで図鑑や温室で目にしてきたユリの仲間と、目の前の花を照会する。東方のシラトリユリに形は似ているが、ずっと小さい。ユリから離れてランの仲間やスイセンと比べてみても、どことなく似ている。


 スフェーン卿なら、すぐに同定できるのだろう。


 父の姿を思い浮かべて、ため息をつく。結局、花の種類は見当が付かなかった。


 鱗茎や葉でも会ったらまた違うかもしれない。


 そう思いついた途端、何かに足を取られた。


「わっ」


 前傾した身体を、振り向いたシラーが支える。一瞬頭が数々の処理を停止した。


「す、すみません」


 即座に跳ね戻る。苦笑しつつ、上級生は身の安全を確かめた。


「大丈夫?もしかして疲れが出たのかな」

「あ、だ、大丈夫です。何かに躓いたみたいで」


 一歩引き下がり、足元を確かめる。


 小さな穴が地面に空いていた。


「穴?」


 辺りを見回す。


 掘り返された柔らかな土と無数の穴が、一帯に点在していた。


「ジリス?」


 思わず呟く。しかし、巣穴にしては「出入り口」が多過ぎる。


 小物入れから根掘りを取り、薄く土のかかった穴の周囲を掘り起こす。


「巣穴ではないです」


 同様に他の穴を調べたのか、ゾーイが報告する。


「通路がありません。ただの、何かを掘り返した後です」

「何を掘り返したんだ」

「さあ……」

「球根を掘り返したのかもしれません」


 根掘りを突き立て、リシアは告げる。


 土に混じって、白い花弁が無残に散っていた。


 おそらく、花には興味の無い何者かが球根だけを掘り出したのだろう。


 元はここに群生していたのであろう球根を、すべて。


「ユリの仲間は、食べられるのかな」

「種類にもよりますが、澱粉が含まれていて小動物が、よく……」


自ずと正体が見えてきた。


「ネズミか」


 ゴミ捨て場だけが、あの大きさと数の原因では無いのだろう。


 最初に増えたのは、ネズミではなく植物だ。


 増えた植物を食べ尽くしたネズミは、ゴミ捨て場を漁る。ゴミを漁り終えた後は、クズリのような動物を狙う。


 それでも、足りない場合は。


 ぼろぼろの腕章が脳裏を過ぎる。


 現に先程、自身も襲われているのだ。考え過ぎだと自身を笑う余裕は、今のリシアには無かった。

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