鵲のぼやき(2)
真っ先に椀を取ったライサンダーに続き、ハロも椀を手前に引き寄せる。レンゲと呼ばれる匙で澄んだ飴色の汁を掬い、味わう。一品料理について来る、いつもの牛骨と野菜の汁だった。
「染み渡るようです」
おそらく三人の中で一番舌が肥えているであろうライサンダーがしみじみと呟く。巨躯が小さな匙と椀を持っているのを見ると、セリアンスロープのものとはまた違う「まやかし」がかかっているような気がしてくる。
「ガマのアラを追加してみるのも良いかもしれません」
「個人の分なら良いが、汁は他の客にも出す物だ。ガマは少しまずい」
「そっか。学苑の生徒はドレイクだからな」
「でもさ、ケインとかも牛や豚は食べられるじゃん?蛙は大丈夫なんじゃないの」
「今度聞いてみるから、それまでは保留だ」
「そうですか……」
異種族が集まる飲食店は難儀だ。種族によって、提供する料理の素材にも気を使わないといけない。
ハロのようなハルピュイアに鶏料理を出すのは倫理的に問題視されるし、ケイン達はブドウやネギに中毒反応を示す個体が多い。
フェアリーは特に食べられない物は無いようだが、偏食家が多いとかで扱いに困るらしい。仕事仲間のフェアリーはそんな事は無いが。
「ところで、明日の予定はあるの」
汁を飲み干し、再び手持ち無沙汰になったハロは二人に聞く。その質問に、熱いものが苦手なため汁にまだ手を付けていないケインが答える。
「第一通路の非常口から出て、湖に行ってみようと思ってる。最近彼処で小迷宮が見つかったらしい」
「あんな避暑地で?」
「なんでも、フェアリーに所縁がありそうな遺物が出たらしいぞ」
「昔はこの辺りにもフェアリーがいたんだ」
エラキスの人口の大多数はドレイクが占めている。近年は迷宮の発見に伴って異種族の流入も増えたが、元が冒険者なので定着する者は殆どいない。
更に言えば国自体が冒険者や異種族の扱いに慣れていないため、滞在中の手当が充実している隣国ジオードからわざわざ通ってくる冒険者も多い。
そんなほぼ単一種族の小国も、かつては異種族が共に暮らす国だったのだろうか。
「お待ちどう」
簾が巻き上がる。
「まずはハロの分だ」
現れたのは、楕円形の皿と生成り色のパンが乗った盆だった。楕円形の皿には表面を焼き焦がした白い餡が満たされている。仄かな乳製品の香りに、ハロはちょっと押し黙る。
「……グラタンだ」
「キャセロールですか。美味しそうですね」
「奶汁烤菜かー!」
「グラタンだって言ってるでしょ」
「熱いから気をつけろよ」
匙を取り、焦げ目ととろみのついた乳を掬う。立ち上る湯気に静かに息を吹きかけ、一口。
「うわ……久しぶりに食べた」
「郷の料理か?」
こんがりと焼けた乾酪の下には、塩漬けの魚と芋が層になっている。塩気と仄かな乳の甘さがたまらない……懐かしい味だ。
「で、こっちはガマの辛味焼きだ」
夢中で料理を頬張るハロの隣で、新たな皿が二つ並ぶ。それぞれに、赤いタレがかかったガマの後肢が一本、付け合せの野菜にハロの皿と同じ生成り色のパン。目の前に並んだ料理を見て、ケインは喜色を浮かべた。
「そうそう。こういうのを食べたかったんだ。ありがとう店主」
「ごゆっくりどうぞ」
「……」
黙祷を捧げるライサンダーと、食前のまじないも早々に冷めた汁で口を湿らせて後肢を切り分けるケイン。白くきめ細かな肉に突き匙を立て、小片を頬張る。
「美味い!辛い!」
「これもシノワ風の料理なのですか?」
「いや、ドラヴィダの料理だ。大陸南部では、こういう火が吐けそうな味付けが好まれる」
素焼きの水差しが引き込まれる。
「空だな。水を足そう」
哺乳類らしい食いっぷりを発揮するケインの隣で、ハロはパンを千切り、断面に餡を少し乗せながら食べていた。
「ところでこのパンさ、なんで焼いてないの」
「ああ」
簾の向こうで、店主が意気消沈したように溜息を吐いた。
「パンも焼こうとしたんだが、中々納得いく仕上がりにならなくてな。しょうがないから蒸した」
「ふうん」
窯で焼くパンよりも目が詰まっており、粉本来の色を残した蒸しパンは大陸東部で盛んに食されている。ハロの故郷には無い料理だが、素朴な味なのでグラタンにもちゃんと合う。
「パンは外注しないといけないかもしれん」
「大体の店はそんなもんだ。パンは本職に任せとくべきだと思うぞ」
半分に割った蒸しパンに肉片と野菜を挟みながら、ケインは店主に助言する。
「まあ私は蒸しパンでも構わないが」
そうとも言って、パンに齧り付く。
一方ライサンダーは、洗練された所作で淡々とガマを平らげていった。長く華奢な骨だけが残ったところで、フェアリーは口を開く。
「美味でした。とても異国情緒溢れる味わいです」
「どうも」
皿が下がり、代わりに水を満たした杯が出る。私にもくれ、と唇を少し腫らしたケインが左手を泳がせた。
「……そういえばさ、ケイン」
ケインの臙脂色の耳を見て、先程の女子生徒たちの姿がハロの脳裏を過ぎった。
「なんだい」
「迷宮でハチノスタケ見た?あの、脳みそみたいなキノコ」
「え? ……いや、見てないな。旬だしもう取り尽くされてるんじゃないか」
「ふうん」
頬杖をつき、ハロは意地悪く微笑む。
「まあ、そうだよね」
「あれも美味しいです。キノコなのに、肉のような風味がするんです」
「ほー」
簾の向こうから此方を注視する気配を感じて、ハロは小さく舌を出した。
別にハロは悪くない。本気で冒険者を目指しているのなら、少しぐらいは失敗を経験しておくべきだ。
採取依頼は如何に早く動けるかが肝心なのだ。




