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原因(1)

 先刻までは、和やかに語らいながら迷宮を歩いていた。


 なのに今は、一人として声を発さない。


 重苦しい空気の中、リシアは配置された隊列の五番目でひたすら足を動かす。気を紛らわせるためにウィンドミルの柄を感覚が無くなるほど強く握りしめた。


 見覚えのある巣を横切る。草と毛で編んだ外観もクズリの骨もそのままだった。


「これから子供を育てるのかな」


 前方でシラーが呟く。


「壊した方が、いいかもしれないね」


 その言葉にリシアは意見しようとする。僅かな差でゾーイが同様の異議を告げた。


「巣を潰すことで、他の場所に拡散してしまうかも」

「ああ、その可能性もあるか」


 あっさりと班長は引き下がる。


 応答の合間にこちらの反応を伺うような視線を感じて、前に立つアキラの様子をこっそりと確認した。


 赤いジャージの背中からは、当然のことながら何の感情も読み取れない。


「リシア」


 肩を叩かれ、体が跳ねる。背後の肩を叩いた本人も驚いたようで、視界の隅で指が跳ねた。


「うお」

「あ、す、すみません」

「いや、こっちこそ。ところで、手は大丈夫か」


 副班長の言葉で意識が指先に移った途端、疼痛が走る。籠手を外すと、赤く染まった手から白い湯気が立ち上った。慌てて手を振り、残った熱気を払う。ウィンドミルは外気で冷えても、籠手の中の熱は篭ったままだったのだろう。


「水で冷やした方がいいんじゃないか」


 デーナの案に頷き、少し立ち止まる。急いで水筒の蓋を開け、水を注いだ。肌の上でのたうつような水の感触に顔を顰めて、再び歩き出す。


「……ありがとうございます。気付かなくて」

「気張ってたんだな」


 屈託なく副班長は笑う。しかしすぐに真顔に戻って、声を潜めた。


「振るってる方も無事じゃ済まないだろ、その剣」


 胸が厭な脈の打ち方をした。否定をする事は出来ない。何よりも雄弁な証拠が手元にあるからだ。


「確かに、火傷とかはよくできます、けど」

「反動を制御する事は出来ないのか」


 首を振る。焔を起こせばその分、こちらにも熱は返ってくる。その熱を軽減するような器用な術はない。精々布と綿で厚く裏打ちした籠手を着用するぐらいだ。


「……まあ、あいつが言ってた通り、率先して前に出るのはアタシらがやるからさ。今は薬でも塗って、花探しにまわってくれ」


 デーナの言葉に頷くしかなかった。ネズミと熱気で埋もれていた当初の予定を思い出して、リシアは周囲に目を配る。


 ネズミの巣を過ぎると、迷宮の植生はより一層荒れ果てたものになった。食痕の残る枯れかけたツルギイばかりが残る道を、一行はひたすらに進む。


「ネズミって、普段は何を食べてるんですか」


 前方で誰かが質問をした。アキラの声である事に気付くのに、僅かに間があった。


「七割は草や種らしい。残りは虫などの小動物で……ああやって大きな生き物を仕留めるのは、珍しい事だよ」


 第六班の班長は、普通科の女生徒の質問に即座に答える。


「あんなに恐ろしいものだとは思わなかった」

「大きな獲物に食らいつくということは、それだけ飢えているということでしょうか」


 鈴を転がすような声が問う。


「それにしては、丸々としていて……飢えているようには見えませんでした」


 マイカの発言を聞いて、リシアはネズミの様子を思い出す。通常よりもずっと大きく、毛艶も良かった。


「栄養過多な感じもしたね」


 その言葉を最後に、シラーが歩みを止める。ゾーイが通路脇に寄り、灯具を地に置いた。


「これが原因か」


 上級生が囁く。アキラの傍からリシアは前方を覗き込む。


 道が二股に分かれている。その片方、袋小路になった小通路の一角に、ゴミが吹き溜まったように散乱していた。


 漂う獣臭に、また別の悪臭が混じっていることに気がついて、リシアは顔をしかめる。


「冒険者達がゴミ捨て場にしているようだね」


 そう告げるシラーの足元に、見覚えのある油紙を見つけた。学苑の購買でパイを包んでいるものと同じだ。


「こういうのも迷宮内に作ってあるんだ。回収とかはいつするの?」


 感心しているアキラの隣で首を横に振る。


「ううん。ゴミは迷宮内に捨てるなって、徹底されてる……はず」


 単なる礼儀ではない。ゴミを漁りに、普段は深層にいる大型の動物が浅場を彷徨く危険性があるのだ。初めて迷宮に潜る前に教わる注意事項だが、惨状を見る限り気に留めている人間は多くはないのだろう。


 それも、ゴミを捨てているのは迷宮科の生徒ばかりらしい。


 シラーは足元の油紙に気が付いたのか、溜息をつく。


「これも報告する必要があるね。見たところ軽食の食べ残しもあるし」

「この手の約束事に関しては、やっぱり本職の方が徹底してるよな」

「その元本職に教わっているんだから、学苑生徒もしっかりするべきなんだけどなあ」


 第六班では、こんな事させないけど。


 さも当然のようにシラーは呟く。そうして踵を返し、袋小路から離れるよう促した。


「特に目ぼしい花は無い」

「さっきの道に進みますか」

「そうしよう」


 折り返すようにゾーイがこちらへ向かって来る。特徴の無い、その分整っているとも言える顔が怪訝に歪む。


「ネズミが」


 反射的に、リシアは振り向く。デーナも同様に振り向き、小通路の辻へ駆けた。


「逃げた」


 続いたゾーイの言葉に、デーナが非難めいた声を上げる。


「もっと早く言え」

「尻尾しか見えなかった」

「とりあえず、どっちに行ったんだ」

「左」


 元来た道から左に伸びる通路を、副班長は覗き込む。


「あ」


 何かを見つけたのだろうか。副班長の姿が小通路の中へ消える。同輩が慌ただしく後をついて行った。


 程なく、二人は戻ってくる。


 どこか険しい表情のデーナの右手には、布切れが握り込まれていた。


「班長」


 呼ばれると同時にシラーは下級生の横をすり抜け、副班長の元へ向かう。布切れを受け取り、解れた端を摘んで広げる。


 迷宮科の生徒が身につける腕章だった。

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