剣技
装備を確認し、一行は第一通路へ下りる。まだ湖の小迷宮の熱は冷めていないのか、本職冒険者の姿もちらほらと見える。
そんな中、ゾーイはシラーの指示を受けて階段を降りてすぐの割れ目に入っていった。
「足元、気をつけてください」
安全を確認したのち、後方に声をかける。シラーに続いて、アキラ以下四名は小通路に足を踏み入れた。
入り口の狭さとは裏腹に、小通路は講堂のような広さを備えていた。シラーが片手を上げると、第六班の面子は円陣を組む。慌ててその間に、リシアとアキラも入り込んだ。
「花を探す前に、少し練習をしよう」
そう告げて、貴公子はアキラに微笑みかける。いつもの無表情で普通科の少女は「よろしくお願いします」と返した。
「剣の経験はないんだよね」
「はい」
「それじゃあ、まずは素振りでもしてみようか。重さに慣れてみて」
アキラが右手で柄を握ると、シラーもまた抜剣する。どこか危なっかしい手つきで、アキラは刃で光を反射するように動かした。
「片手で扱えるかな。手首を捻ってみて、負担が無いようなら丁度いい重さだ」
しばらく、アキラは好きなように剣を振るう。剣先の軌跡が重さを感じさせないものになってきた頃、シラーは次の指示を出した。
「まずは防御を教えるよ。剣を体から引き離して、剣先で攻撃を弾く……見た方が早いかな。僕に向かって、剣を振ってみてくれ」
シラーが剣を構える。途端、隙が無くなった。アキラもそれは感じ取ったようで、伺うように立ち竦む。
拍をずらして、アキラが薙いだ。真横に疾る切っ先が、僅かな金属音を立てて大きく反れる。
「わ」
反動のせいか、アキラは体勢を崩す。なんとか持ちこたえて剣を構え直し、今度は切り上げた。
その一撃も、先ほどと同様にシラーの悠然とした動きで軌道を反らされる。
しばらく、シラーの「一方的な防戦」が続く。
「結構、食い下がるね」
デーナが呟く。
反動に慣れてきたのか、アキラの返す手が素早くなってきた。
剣を引きつけ、鋭い突きを繰り出す。その一撃も難無くシラーは受け流し、一転、攻勢に入った。
アキラが最初に繰り出した横薙ぎより、幾分か重く剣が唸る。少女は目を見開き、素早く剣を返した。
鈍い音が響く。
シラーの剣先が、僅かに反れた。
「……初めてにしては上手いね」
隙を見せないまま、シラーは微笑む。
「見込み通りだ」
貴公子が一歩踏み込んだ。
空を穿つ。
「!」
アキラの喉から僅かのところで、剣先はぴたりと止まった。一拍遅れて、アキラの剣がはね除ける。
傍観者でしかないリシアは、その様子を見て肝を冷やす。
今のが、シラーの本気なのだろう。これが練習ではなく本気の殺し合いだったら、アキラはなす術なく喉笛を突き通されていたはずだ。
当のアキラはしばし棒立ちになって、浅く息をついた。
「リシアのと、違う」
その言葉の意味を考え、
「く、比べる方が違うでしょ」
真っ赤になって反論する。学苑屈指の剣士と比べられては堪らない。
「確かに違うね。それは僕も気になっていたところだ」
剣を納め、シラーは考えるような素振りを見せる。
「僕は元々、引退したエラキスの衛士長から剣を教わったんだ。むしろ、学苑で剣を学んでいる生徒は殆ど元衛士から教示を受けているんじゃないかな」
それはリシアも初耳だった。
確かに剣技の練習で他の生徒と手合わせをした時も、何となく噛み合わないものを感じた事がある。同じ門下なら、多少は手の内がわかるものだ。しかしリシアとリシアを相手にした生徒とは、「良い試合」になった事がない。それはひとえに師匠の違いにあるというのだろうか。
「リシアは、誰から剣を教わったんだ?」
「私に剣を教えてくれたのは、じい……家の者です。元は軍属と聞いたことがあります」
「軍というと、ジオードかな」
興味を抱いたのか、シラーは右手で口元を覆い隠す。多分手の下では冷笑を浮かべているのだろう。
「道理で」
何が道理なのだろうか。一人焦るリシアの側で、ゾーイが呟く。
「方向性が違う感じはする。衛士の剣は防御に重きを置くけど、軍は……」
言葉を探すような間があった。
「消耗させる剣、かな」
その言葉に、シラーは一瞬納得がいかないような表情をした。しかしすぐに、元の笑顔に取って代わる。
「とりあえず、今ので防御は学べたはずだ。どうかなアキラ」
普通科の少女は、問いに頷いた。元々運動神経は抜群だ。剣技も飲み込みが早い。
「じゃあ、次は攻撃かな。横薙ぎはもう少し範囲を狭めて、防御に転じられるようにした方がいい。それから突きだけど、これは見極めが必要だから難しいよ」
「見極め」
「そうだ。それじゃ、また好きなように攻撃してみてくれ」
そう告げた途端、音も殺気も無く剣が動いた。
シラーのそれよりも緩やかに、しかし精確に喉笛を狙って、アキラは突きを出した。
虚をついた一撃に、シラーの顔から表情が消える。刃が競合い脳天に響くような金属音を立てた。
「こうですか」
何でもないように、アキラは尋ねる。いつもの無表情が今は恐ろしい。
「……ああ。攻撃面は、問題ないかな」
シラーが笑う。リシアから見てもすぐにわかる、作り笑顔だった。
見込み通りだ。
そう言ったシラーの眼は正しかったのだろう。
運動神経だけでは説明のつかない少女の潜在能力に、リシアは僅かに怖れを抱いた。




