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装備

終業の鐘が鳴り響く。


鞘の留め具を確認して、リシアは昇降口を出る。今日は数学の講義が随分と長引いた。講師の解説が時間内に収まらなかったのだ。ここ最近、講義内容が普通科と同程度の難易度になっている。突然の方針転換に追いついていないのは、リシア達迷宮科生徒ではなく、むしろ講師のように思えた。


歩きながら遠く中庭に目を凝らすと、見覚えのある四人の姿があった。


小走りでリシアは掲示板前へ向かう。真っ先に気付いた副班長が、片手を振った。


「お、来たな」

「お待たせしました」

「いーや、アタシ達も今来たとこだ。あとはアキラだな」


そう告げられて、リシアは辺りを見回す。普通科の少女の姿は見当たらない。


普通科棟の方を眺めていると、第六班の班長に声をかけられた。


「今日もよろしく」

「はい。よろしくお願いします」


幾分か表情が硬くなる。二度は無いことぐらい、リシアでもわかる。


一方の班長は後輩の気負いに気付いたのか、苦笑した。


「大丈夫。僕らも前回のように遅れをとったりはしない。君達を安全に地上へ送り届けるのが、班長の一番大切な仕事だからね」


頼もしい言葉だったが、「班長」は一人だけでは無い。この使命はリシアの使命でもある。その事を刻みつけ、リシアは頷いた。


「すみません」


芝生を踏む音がして、隣に赤いジャージの少女が立った。普通科の少女は軽く頭を下げる。


「遅れました」

「いや、そんなには待たなかったよ」


微笑むシラーと無表情のアキラを見比べる。一昨日の会話で生じた違和感が、僅かに胸の奥から湧き上がった。


中庭で待っている間、シラーはリシアの事を待ち望んでいたのだろうか。


リシアはおまけでしかないのでは。


心中で自身の頰を打つ。考え過ぎだ。


「よろしくお願いしますね」


涼やかな声が近付く。聖女はシラーに寄り添うように立ち、会釈をした。続いて掲示板を眺めていたゾーイも歩み寄る。


これで全員揃った。


「それじゃ、行くか?」


確認するようにデーナが声をかける。シラーは五人の顔を見渡し、頷いた。


「うん。それじゃあ、引き続き花の採集に向かおう」


そう告げて、第六班班長は正門へと歩み始めた。


リシア達もその後ろに着く。前を歩くシラーをよく見ると、剣を二振り佩いていた。


あれが、約束の剣なのだろう。


隣を歩く普通科の少女を見上げる。少女もまた、剣に気付いたようだ。


「リシア」

「なに?」

「一応手袋を持ってきたんだけど、籠手の代わりになるかな」

「丈夫なつくりなら、問題ない。寧ろ馴染んでるかが大事かな」

「そっか、なら大丈夫そう」


そう呟くアキラの懐から、毛糸の指先が覗いていた。


冬場に使っている物なのだろう。馴染みはともかく丈夫さに関しては疑念が残る。


包帯で巻けば、多少は保護になるだろうか。


一人は悩みつつ、一行は駅へと到る。


受付前の広場でシラーは一旦手を挙げ、立ち止まった。


「今日は第一通路へ行ってみよう」


シラーの指示を聞いて、リシアはいつぞやのキノコ狩りを思い出した。炊事場で煤だらけになったのも、今となっては懐かしささえ覚える。


「少し地図と入洞記録を見返したら、第一通路で一度白い花を見かけているんだ。その時は種類の特定もしなかったんだけど」

「それいつだ?」

「だいたいひと月前かな」

「まだ咲いてますかね」


訝しげに呟くゾーイの隣で、リシアはおずおずと声を出す。


「地下迷宮は、一種の温室のような状態です。あまり気温の変動がありませんから、地上の四季を問わず年中咲く種類もあります。そうでなくとも、開花時期にひと月のズレは十分にあり得ます」


告げるたび、第六班の視線が気になって声が小さくなってしまう。一応経験と資料に基づいた発言だが、なんだか自信が無くなってしまった。何とか最後まで話したところで、アキラが口を開きかけた。


「リシアがそう言うのなら、きっと正しいはずです」


響いたのは、アキラの声ではなかった。斜め向かいで聖女が微笑む。


「リシアは植物に詳しいんです」


ね。


小首を傾げてマイカは問う。返す言葉が咄嗟に思い浮かばず、ただリシアは口元を引き攣らさないように気を張った。


「なら、是非とも花を見てもらいたいね。もしかしたら新種かもしれない」


異様な空気を払拭するようにシラーが軽口を叩いた。マイカの視線がシラーに移り、儚げな微笑を口元に浮かべた。


「それじゃあ、第一通路へ……ああ、その前に」


受付に向かおうとした足を止め、班長は腰回りに手をかける。二本の剣のうち、取り回しやすい長さの直剣を帯ごと外し、アキラに差し出した。


「先に渡しておこう」


どこか戸惑うように、アキラは剣の柄と鞘を握る。シラーの手から剣が離れ、アキラの元へと渡った。


「重い」


少女の呟きに、リシアは最初にウィンドミルを手にした時のことを重ね合わせる。


武器は重い。きっとそれは、実際の重さだけではないはずだ。


「まあ、包丁とは全然違うよな」


デーナが笑う。そうして、先輩らしく帯の調節をアキラに教えた。


「こうやって、うん。アンタ細いなー」


革帯を左右にずらしながら、アキラは具合を確認する。高さが気になったのか剣の柄を握り、再び帯を締めた。


「あと、これも貸すよ」


続いてシラーが差し出したのは、飴色の籠手だった。男子生徒が使うには小さな造りの防具を見て、デーナが反応する。


「なんか見覚えあるぞ、それ」

「昔きみに剣を教えた時にも貸した籠手だよ。まったくモノにならなかったみたいだけど」


珍しく嫌味っぽい口調のシラーの傍らで、副班長は豪快に笑った。


その腰帯には剣ではなく、拳鍔と錘のついた鎖が下がっていた。


アキラは籠手を受け取り、身に付ける。毛糸の手袋を身に付けるよりはずっと、見ていて安心する。


手を握ったり開いたりするアキラを見て、リシアも念のため自身の装備を確認した。

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