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装い(1)

今日の装いは、セレスタイン嬢にはいたく不評だった。


「なんでジャージに戻っちゃったの」


席に着いたアキラの隅々を眺め、不満げに唇を尖らせる。


「纏まりはあるけど……」

「この格好が動きやすくて好きだから」


そう告げると、令嬢は困ったような表情で腕を組んだ。


「そんなこと言われちゃうと、制服着てって頼めなくなっちゃう」


昨日の格好がお気に召したらしい。しかしアガタと同様に、令嬢もこれ以上無理強いするつもりは無いのだろう。右手が伸び、ぽんと軽く赤ジャージの肩を叩いた。


「まあ、その格好は遠目にもわかりやすいし良いと思う。それに、似合ってないわけじゃないわ。貴女らしいもの」


セレスなりの落とし所なのだろうか。その言葉を最後に席に着く。


一昨日と同じ服装に戻っただけだが、周囲の反応は昨日に劣らず大きなものだった。かけられる言葉も、どこか体の具合を伺うかのような心配げなものが多い。その返答に困りつつ、アキラは「気が変わっただけ」と手短に返すことにした。


その応対は登苑から講義中に至るまで続いた。長い長い時を経て響いた終業の鐘を聞き、ひと心地着く。


セレスら級友と挨拶を交わし、帰り支度をする。今日は特に予定は無いが、明日は迷宮探索が入っている。何か準備することはあるだろうか。


瞬時に、以前リシアと食べるはずだった浮蓮亭謹製の弁当を思い出す。今回も用意してもらえるか打診してみよう。今度こそ、当初の予定通り二人で軽食を取るのだ。


その決意から多少遅れて、第六班の面々の存在を思い出した。彼等も弁当を食べるだろうか。いずれにしても、リシアも含め全員分を勝手に頼むのは悪い気がした。ちゃんと同意を得た方が良いだろう。


次回以降にしよう。結論が出たと同時に、席を立つ。貰い物の砂糖菓子を一つ口に放り込み、教室を後にした。


昇降口へ向かう途中、普通科棟の講師室の前を通る。風を通すためか開け放たれた戸から、数学講師の姿が見えた。声を荒げる学年主任の前で小さくなっている。


「事務だの下働きだのと言いますが、あれはデマントイド卿のご厚意なんですよ」

「し、しかし」

「言い訳はよろしい。昼間の粗相、二度は許されませんからね」


……あまり面白くはない会話が廊下まで響いている。気をそらすよう努め、アキラは戸の前をそそくさと通り過ぎる。


「アキラ・カルセドニーさん」


高圧的な声に呼び止められる。振り向くと、主任が戸から半身を出していた。ひとまずアキラはその場で直立し、返事をする。


「はい」

「また戻ってしまったんですか」


呆れたように、既視感のある言葉をかける。


「学苑指定だからといって運動着ばかり着るのは止しなさい」


名簿を小脇に抱え、主任は廊下に出る。アキラの身なりを点検するように見つめ、溜息をついた。


「行事と作法の授業がある時は、昨日のような格好で来てくださいね。気をつけておかえりなさい」


そう告げて、自身の衣服の裾を少しつまんだ。つられて、アキラもジャージの裾をつまみ「挨拶」をする。


「ごきげんよう」

「姿勢は、満点です」


厳しい声で評価を下し、主任は去っていった。渡り廊下から普通科棟裏の森へと入っていったのを見届け、アキラはその場から立ち去ろうとする。


「ま、待ってください」


再び声をかけられ、アキラは振り向く。


頰を上気させた数学講師が講師室から出てきた。連日の講師の態度を思い出し、アキラは身構える。


「はい。何でしょうか」

「その、えっと」


講師の指が自身の右袖に伸びる。釦を付け外ししながら、これまでと同様にたどたどしく言葉を告げた。


「今日はどうしても、答えを聞きたくて」


何に対する答えなのか、一瞬アキラは考える。以前の手紙の内容を思い返そうにも、足をひねった時の光景しか浮かばない。素直に「問い」を確認しようとして、講師の目を見つめる。


「すみません。どんな質問に対する答えですか。ご好意についてなら、同じ答えしか」

「その理由を、教えてほしいんだ」


苛立ちを露わに、講師は言葉を遮る。


「前は有耶無耶になったけど、結局君は好きな人がいるのか?誰なんだ?あの、伯爵の次男か」


唐突な「伯爵の次男」含め、すべての言動が意味不明だった。立ち竦むアキラの手に、講師の手が伸びる。隙を突かれた。そう思った瞬間、腕に力がこもる。


「知って、何か意味があるんですか」


手を振り払う。予想外に非力な講師の腕は大きく跳ね、講師室の戸に当たった。


「いたっ」

「詮索をしても、答えは変わりません」


一瞬、講師は萎縮した。震えた声が堰を切ったように溢れる。


「僕は彼や他の誰よりもずっと、君のことが好きで、それは君がどんな格好をしていても変わらない。だから」


その後に言葉は続かなかった。


だから、何なのだろうか。好きになってくれとでも言うのだろうか。


「好意を、何だと思っているんですか」


驚くほど、冷たい声が出た。講師の目に怯えのようなものが過ぎる。


「好きな人がいないからあなたを選ぶ。誰かより好きでいてくれるからあなたを選ぶ。そういうものでは、ないでしょう」


礼をして、踵を返す。これ以上講師と話すことはない。


背後で何事か呟く講師を引き離し、アキラは普通科棟を出る。正門へ続く道を、突き動かされるように早足で進んだ。


君がどんな格好をしていても。


その言葉が、妙に耳に残って神経を逆撫でする。


そんなの、言うまでもないことのはずだ。

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