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身支度

食卓では既に、伯母の助手が櫛を手に待ち構えていた。


凄みすら感じる笑顔に、寝間着のままのアキラはたじろぐ。


「今日はどうする?」


生返事をし、考えるふりをして食卓に着く。伯母は居ない。まだ自室で寝ているのだろう。


アキラが芋のパンケーキを食べる間も、アガタは今日の装いについて矢継ぎ早に言い立てる。


「昨日の髪型も良いけど、今日はそのまま下ろしてみるのはどうかしら。その代わり飾りを付けて耳を出すか……左右を少し取って結わえるのも良いわね」


焙煎茶を啜りながら、アガタは楽しげな視線を送る。自分自身以上に、誰かをめかし込むのが好きなのだ。あるいは身だしなみに無頓着な教授の世話の延長線なのかもしれない。


「今日も教授は人に会うみたいだし、アキラが出たら準備させなくちゃ……アキラ、今のうちに制服の手入れしましょうか?」


念のため、という風にアガタは首を傾げる。


いつもなら首を横に振るのに、今日は何故だか考え込んでしまった。


脳裏を過ぎったのは一昨日と昨日の出来事だった。また会った時、今度は迷わずに名前を呼んでくれるのだろうか。


それが不安で、零す。


「いつもの格好にする」


がっかりする様子でもなく、ただアガタは驚いたように目を丸くした。


「いつもの?」

「うん」

「……ジャージ?」


アガタの顔を伺いながら、頷く。長い睫毛に縁取られた目が細まった。


「わかったわ。あ、でも髪型は少し弄らせて!この間の髪型にちょっと手を加えるだけだから」


素直に了承してくれたことが意外で、アキラは口に運びかけた突き匙を皿の上に置く。

アガタは再び茶を啜る。


「あの格好が、アキラらしい格好なのね」


穏やかな声音だった。アガタ自身思うところがあったのだろう。


しかしすぐに眉尻を下げて、


「でも、たまにはお洒落してほしいわ!学則違反じゃないなら良いけど、ずーっとジャージは、ねえ?」

「たまには着る」


そう答えると、アガタは頬杖をついた。


「髪の結わえ方も何種類か教えるから、教授や私がいない間もやってみてね」

「ありがとう」


そう告げて、少し寝癖のついた髪を指に絡める。


セレス辺りが、何か言いそうだ。


登校時の友人の姿を思い浮かべて、アキラはパンケーキを再び口に運んだ。






昨日よりも幾分か早く身支度は終わった。


着慣れた赤ジャージに安堵し、きっちりと纏められた髪に触れる。いつもは後れ毛だらけの襟足も、今日はすっきりとしている気がする。


「あんまり触っちゃダメよ。崩れちゃうから」


アガタに釘を刺され、手を下ろす。そんなアキラの姿を数歩引いて眺め、アガタは満足げに頷いた。


「うん、活動的でいい感じ。今日は高い位置で纏めたけど、垂らしてもいいかもね」


そう告げると、思い出したように置き時計の盤を見た。針が指している時刻を見て、甲高い声をあげる。


「あら!そろそろ教授を起こさなきゃ……アキラもそろそろ出る?」

「うん」


空いた席に皿を並べるアガタに、アキラは声をかける。


「髪、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

「ジャージに合うの、考えてくれた?」


一瞬アガタは手を止め、振り向いた。


照れてる。


アキラがそう思った瞬間、唇を尖らせる。


「貴方らしくて、なおかつ気に入ってくれそうな髪型。考えるの大変だったんだから」


昨日の今日、というわけでも無いようだ。


部屋の隅にかけられた鏡を見て察する。


「あ、そうだ。お友達から反応があったら教えてほしいわ。改良するから」

「わかった」


アガタは口元に指を添え、考え込むようなそぶりを見せる。「お友達」という発言で思い浮かんだことがあったようだ。


「リシアちゃんの髪、ふわふわしてていじってみたいのよね……また来てくれるかしら?」


そう尋ねる目は意欲に輝いている。取り敢えず、アキラは当たり障りのない答えを告げた。


「特に予定は無いよ」

「あら、そうなの」


なんとも残念そうにアガタは零した。


玄関で靴を履き替える。馴染んだ布靴なら、靴擦れの心配も無い。履き口と収まりを確認していると、廊下の奥で物音がした。のっそりと暗がりから現れた朝食前の自分自身によく似た姿に、声をかける。


「おばちゃん、おはよう」

「おはよう」


か細い声で伯母は挨拶を返す。言葉の最後の方は、欠伸であやふやになってしまっていた。


「もう行くのか」

「うん」

「帰りは」

「今日は早い、かも」

「そうか」


短い応酬の合間に、居間からアガタも現れる。廊下の暗がりに立つシノブを見て、どこか訝しげに眉をひそめた。


「珍しい。教授が勝手に起きるなんて」

「勝手にってなんだ」

「まあでもいい頃合いね。アキラも出るところだし」


アガタは少し骨ばった右手を振る。


「いってらっしゃい」


その後ろで、目を伏せながら小さくシノブが頷いた。まだ半覚醒なのだろう。再び反応するかも怪しいが、アキラは応えた。


「いってきます」


寝起きの伯母とその助手に見送られ、アキラは集合住宅の一室を後にした。


階段を下りる足取りは、昨日よりもずっと軽い。元の姿に戻ったようで、内心アキラは安堵した。

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