交渉(1)
入店した二人を、店番の少女が鼻息荒く出迎えた。
「い、いらっしゃいませ……ねえ、さっきのヒト、話してたけど知り合いなの?」
「うん」
食い入るようにアキラを質問攻めにする少女。それに平然と対応をしている様子からして、二人は顔見知りのようだ。
少女に捕まっているアキラの後ろで、所在無く立つ。その肩越しに、少女と目があった。
「あっ、すみません……いつものでいいですか?」
「え?」
「よくお菓子買ってくれる方ですよね、三個」
そう告げながら、店番は凝乳の焼き菓子を三個、盆の上に乗せて勘定台に置いた。いつのまにかリシアも常連になっていたらしい。どこか気恥ずかしく思いながら頷く。
「ええ。あ、でも今日は四つで」
「ありがとうございます!アキラ、知り合いだったんだ」
「うん」
「そっかあ。同じ学苑だもんね」
アキラと会話を交わしながら、てきぱきと菓子を化粧箱に詰める。
学苑に通わず、家業を手伝う少年少女は多い。店番の少女もその選択肢を選んだ一人なのだろう。「生活の術を学ぶ」という点では、普通科や迷宮科と変わらない。
「こちらでよろしいでしょうか」
「はい」
「アキラはいつもの?」
「あ、今日は……」
軽く手を振る。すぐに店番は得心がいったようで、微笑みながら頷いた。
「そういえばさっき、助手さん来てたっけ」
「そうなんだ」
「伯母さんによろしくって、伝えて」
家族ぐるみの付き合いをしているのだろう。俗に言う「幼馴染」と言うやつなのかもしれない。朗らかに掛け合う二人を、どこか羨ましい気持ちでリシアは眺める。
ふと、アキラが身を引いた。
「お会計、する?」
「あ、そ、そうだね」
「いつもありがとうございます」
深々とお辞儀をして、屈託のない笑みを少女は浮かべる。相対する人の警戒心を解くような笑顔に、思わずリシアも表情が緩む。
勘定を済ませて菓子を受け取る。
「またのお越しをお待ちしております」
「ええ」
小さく会釈をすると、少女は手を振った。どきりとして傍のアキラを見ると、軽く手を振り返して勘定台に背を向けた。
勘違いをしてはいけない、と思いつつリシアも小さく手を振った。その様子を目敏く見つけたのか、店番の少女は殊更破顔する。
「んふふ」
更に大きく手を振り見送る。その反応を見て、リシアは安堵した。
店を出て、水路沿いで待っていたアキラに声をかける。
「寄り道だったけど、付き合ってくれてありがとう」
「こっちこそ」
そう告げると、一瞬アキラは口を噤んで目を泳がせた。しかしすぐにリシアを見つめなおす。
「行こうか」
「ええ」
水鳥通りの水路沿いを並んで歩く。
道中、取り留めのない話をする。先程のパン屋の少女はやはり幼馴染で、実家のパンを冒険者や集会所に売り込もうとしているのだそうだ。先程のフェアリーを見るに、販促戦略は効果を出している。
「既に冒険者は買いに来ているし」
「もしかして、卸売の依頼とかで来てたのかな」
「それは……どうだろう」
あの量なら、フェアリー一人で完食出来そうな気もした。しかしアキラの言う通り、個人ではなく依頼で立ち寄ったとも取れる発言だった。
どこかの店で、あの丸パンが供されているのかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、どこかで嗅いだことのある匂いが鼻を掠めた。
紫煙だ。水路に沿って漂う匂いの出元を見据えると、隣の少女によく似た人影が集合住宅の昇降口に立っていた。その姿を見て、思わず背筋を正す。これから大事な話をする相手だったからだ。
紅い外鰓に夜色の髪。華奢な指先には、紡錘型の葉巻が挟まっていた。ドレイクはこちらに気付いたのか、視線を寄越す。
アキラが煙草を吸っている、という第一印象を振り払い、礼をする。
「こんにちは」
シノブの目が細まる。歓迎されていない、と身構えるのも束の間、シノブは短く返答をした。
「……こんにちは」
「おばちゃん、ただいま」
「今日は遅くなるとか言ってなかったか」
「他に用があったから」
アキラはリシアを見つめた。引導を渡されたと気付き、上擦った声で用件を告げる。
「あの、炉についてお話を伺いたく」
「昨日のか」
「は、はい」
妙な威圧感に気圧され、続く言葉を切り出せなくなってしまう。菓子の包みを渡そうか、と考えながらシノブの元に近寄る。
一方のシノブは葉巻を咥え、そっぽを向いた。数拍後に紫煙を吐き出し、
「少し、待っていてくれ」
そう告げられると、菓子を渡すことも出来なくなる。お行儀よくリシアはシノブの傍らで佇んだ。
「……助手に叩き出されたんだ」
バツの悪そうな顔で呟いた言葉は、哀愁漂うものだった。
暫く、二人はシノブを待つ。
紫煙を薫せぼんやりと遠くを見つめる姿は、不思議と隣の女学生とは重ならなかった。あくまでも似ているのは第一印象で、一挙一動や滲み出る雰囲気は明らかに姪を持つ伯母……「歳相応」のものだ。と言っても、彼女が何歳なのかはわからないが。
濁った水路に映る空が茜色になった頃、煙で嗄れた声が二人を呼んだ。
「待たせた」
シノブは集合住宅の階段を指し示す。姪と同じ色の瞳が、リシアを一瞥した。
「取り敢えず、話を聞こうか」




