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水鳥通り

聖女が去って息を落ち着ける間に、待ち人は現れた。パンパンに張った鞄を抱えた少女は辺りを見回し、リシアの姿を捉えて手を振る。


「ごめん、遅れた」


セレスタイン嬢あたりに捕まっていたのだろうか。昼休みに見た時よりもどこかくたびれているような気がする。それでも、髪型も服装も目立って崩れてはいなかった。


長椅子を離れ、アキラに歩み寄る。


「行こっか」


そう告げて、アキラは正門へと向かうべく右足を踏み出す。その様に既視感を覚えて、リシアは呼び止めた。


「待ってアキラ」

「忘れ物?」

「いえ、その……もしかして、まだ足は痛む?」


リシアの問いにアキラは少し目を丸くした。すごいね、と他人事のように呟き、学苑指定の革靴の履き口に指を差し入れた。


「捻挫は治ったんだけど、ちょっと靴が合わなくて」


細い足首が、裾に見え隠れする。思わずリシアは周囲に目を配った。


「ま、待って!人目が」

「あ……ごめん。靴は脱がないよ」


挙動不審な友人の様子を見て、アキラは弁解する。ちらりと見えた靴下に滲んだ赤が、折角治っていた動悸をぶり返した。


「こっち」


女生徒の手を引き、先程腰掛けていた長椅子の裏の茂みに入る。腰の小物入れを探り、応急手当用の消毒液と茸綿を取り出す。大人しく付いてきたアキラもリシアの様子が物々しく見えたのか、恐る恐る声をかけた。


「そんなに痛そう?」

「うん」


消毒液を染み込ませた綿を靴擦れに当て、靴下で覆う。これ以上擦れることは無いだろう。というより、今のリシアではその程度の手当てしか出来ない。


「マイカみたいには、いかないけど」


何気なくこぼした言葉が気にかかったのか。アキラがしゃがみ込む。


「……」

「な、なに」

「何かあった?」


面を上げると、夜色の目があった。何も無かった、と言ったところですぐに見破られるのだろう。先程の応対をかいつまんで話す。


「歌姫を目指さないのかと、聞かれたの」


不思議な事に、話せば話すほどマイカの事が分からなくなっていく。


それは話を聞いている同行者も同じようで、段々としゃがみ込んだ膝の上に顔が沈んでいった。


「迷宮に関わる話では無かったから、問題はないと思う」

「うーん」


別段面白くもない話だということを強調しつつ説明したが、アキラの難しげな顔は変わらなかった。しばらく頰を掻き、不意に女生徒は立ち上がる。


「そろそろ行こうか」

「え?う、うん」


切り替えが早い。


その事に安堵しつつ、リシアは茂みから出る。正直先程の話をあまり引き摺りたくはなかったのだ。


そこでふと、初めてアキラに自身の「マイカと友達であった事以外の過去」について話した事に、リシアは気付いた。


既にどこかから話は聞いていたのかもしれない。それでも彼女が特に詮索をすることもなく話を終わらせた事を、リシアはありがたく思った。


アキラの自宅へ向かう道中、水鳥通りのパン屋へ立ち寄る事を提案する。


「伯母様は、甘いものはお好き?」

「うん。あ、でも手土産とかは」

「いいのいいの」


炉に関する相談で、手間をかけさせてしまうのだ。せめてものお礼を渡したくて、リシアは胸を張る。


その姿を見て、アキラは小さく礼を告げる。


「ありがとう」


勿論、目当ては凝乳を挟んだ焼き菓子だ。


程なく、二人はパン屋に着く。


水鳥の看板の下、硝子窓の向こうの店内をリシアは覗き込む。菓子はある……が、それ以上に「先客」に気を取られて、思わず立ちすくんでしまう。


先客も窓の外の二人に気付いたようで、軽く会釈をした。異種族慣れしていないのか、目を白黒させている店番から商品を受け取り、店を出る。


「こんにちは」


穏やかな挨拶に、真っ先にアキラが応えた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


続いてリシアも返す。


まさか水鳥通りまで足を伸ばしているとは思わなかった。大きな紙袋と小箱を大事そうに抱えるライサンダーを見上げる。


リシアの視線に気づいたのか、ライサンダーは大顎を動かす。


「お二人もこちらにご用が」

「はい。お菓子を買おうと。もしかして、ライサンダーさんも」

「はい。別件でやって来たのですが、美味しそうでつい」

「エラキスではけっこう有名なんですよ、ここ」


なるほど、とフェアリーは抱えた小箱を見下ろす。


「楽しみです」


大量のパンについても気になったが、引き止めては悪い。アキラに目配せをする。アキラはライサンダーの様子をつぶさに伺っていたが、リシアの視線にはすぐに気付いてくれた。


「それじゃあ」


会釈をしてリシアは戸を押す。ライサンダーもまた触角を少し下げて、


「さようなら。リシアさん、と……」


言葉が途切れる。


微動だにしないライサンダーと相対するアキラを交互に見つめ、リシアは察する。


伯母と姪のどちらか、悩んでいるのか。


無理もない、かもしれない。ドレイクでも鰓に気が付かなければ見分けられないほど似ているのだ。ましてや異種族からすれば、どの程度の差異があるのだろう。


その上今日は、いつもと髪型も服装も違う。あの赤いジャージとアキラが紐付けされているのは、リシアだけではないはずだ。


なんとも気まずい空気が一行の間に流れる。心なしか隣のアキラの顔も重く沈んでいるように見える。


暫しの沈黙の後。


「アキラさん、ですよね」


なんとも申し訳なさそうにライサンダーは声を発した。


途端、アキラの表情が明るくなる。


「レンガ、ありがとうございました」


一瞬思考が止まるほど、脈絡のない返答だった。しかしライサンダーには十分伝わったようで、触角を微かに跳ね上げる。


再び静かに頭を下げて、フェアリーは立ち去った。


隣の少女に囁く。


「レンガってなに」

「貰った」


そういう事を聞きたかったわけではない。


だが、はにかむようなアキラの表情を見ていると、追求する気も無くなってしまった。

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