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民間依頼(2)

「ごゆっくりどうぞ」


取って付けたような言葉を残して簾が下りる。食前の簡単な祈りの後に、添えられていた白い陶器の匙を取って、リシアは未知の料理を観察する。見た目は一昨日食べたトーフに似ている。しかし浮き身の種類が違うようだ。今回の汁物に入っている浮き身は、発酵中のパン生地のようにつるりとした質感をしている。ぷかぷかと浮いているそれを一つ掬い、一口。


「あふ」

「熱いから気をつけてくれ」

「今言われても…あふ」


口内でもっちりとした皮が破れ、熱された肉汁が溢れる。熱気をはふはふと出し、リシアは何とか浮き身を飲み込んだ。


「…肉を詰めた小麦の団子?」

「湯餃と言う。似たような料理はここには無いのか?」

「うーん」


肉を詰めた揚げパンやパイがおそらく近しい料理なのだろう。揚げたり焼いたりではなく、それらを汁で茹でるという発想に、リシアは文化の違いを感じた。


何はともあれ、美味しい。


「アキラの食べ物は?これもエラキスでは見たこと無い」


鳥の巣のような麺料理を、アキラは何処から手を付けるか悩んでいるようだった。突き匙で麺をすくい取ってみると、焼き付けられたように束になって持ち上がった。


「失敗した麺料理みたいだけど」

「そういう調理法だ」

「イタダキマス」


麺の束を餡に絡めて、アキラは未知の料理を口にする。暫しの沈黙の後、美味しいと呟いた。


「焦げたところが香ばしい。餡の塩気とよく合う」

「へえ」


感想を述べると、アキラは黙々と麺を食べ始める。大皿から無くなっていく麺料理を横目に、リシアは依頼について質問をする。


「そういえばこの依頼、期日はいつなの?」

「明後日の夕刻と言っていた。ちょっとしたお祝いに使うんだと」

「夕方…」


少しリシアは考え込む。確かにこの時期ハチノスタケは珍しくはない食菌だが、その食味の良さから見つかり次第採集されてしまうことが多い。迷宮の入り口付近ではまず見つからないだろう。


「今日はもう遅いけど、明日早速行ってみる?」


既に粗方空になった皿に少しばかり残った麺を掬いながら、アキラが聞いた。リシアは頷く。踏破済みの通路なら、少し深いところまで足を伸ばせば取り尽くされていない群生もあるだろう。


「この籠いっぱいに頼む、と言われたぞ」


簾が巻き上がり、一抱えはありそうな蔓製の籠が出てきた。それを見てリシアは、かなり甘い考えで依頼を受けた事を後悔した。


「ハロと言ったか。そこの依頼書を裏に返しといてくれないか」


リシアの心中など知らない店主は、簾を降ろしながらハロなる人物に向かってそう言った。店の隅で静かに事を傍観していたハルピュイアが、露骨に嫌な顔をした。


「なんでさ」

「一番近い」

「僕は店の給仕でもなんでもないんだけど」

「用心棒は従業員みたいなものだろう」

「ちょっと。ケインの言う事を間に受けないでくれる?こんな陰気でろくに客も来ない店に用心棒も何もないでしょ」


ハルピュイアは悪態をつき、カウンターから目を逸らした。梃子でも動かないと言った風だ。


暫しの沈黙の後、アキラが立ち上がり、針で止めてあった依頼書を裏に返した。


「悪いな」

「いえ」

「他に行き場が無い可哀想な奴なんだ。大目に見てくれ」

「え…そうなんだ」


リシアとアキラの憐れみの籠った視線を感じたのか、ハルピュイアは舌打ちをする。


「とりあえず、これは持っていくね」

「おう」


籠を足元に置きリシアは食事を再開する。先程の教訓から、今度は団子を半分ほど嚙りとる。程よく温かい肉汁が溢れ、最も普遍的な食肉である豚の旨味が口内に広がる。


「味を変えたい時は、タレを付けてくれ」

「これ?」

「そうだ」


匙に半分残った団子を赤黒い汁に漬ける。汁の色に染まった団子を恐る恐る口に入れる。


「ん、辛…酸っぱい」


複雑な味わいが口内で弾け、団子の味を一変させる。塩気に含まれた酸味、辛味、甘味…それらが淡白な皮と中に詰められた豚肉に良く合っている。


もう一つ団子を掬い、タレを付けて口にする。あとを引く味だ。


「ゴチソウサマ」


空の皿に突き匙を置き、アキラは手を合わせる。いつの間にか椀の汁も飲み干していた。簾が巻き上がり、皿が引き込まれる。


「他に好きな料理はあるか?献立に入れてやろう」

「…果物と煮込んだお肉とか、好きです」

「ほお、ここにもそんな料理があるのか。そちらのお嬢さんは?」

「へ?」


不意に話を振られ、食事に夢中になっていたリシアは素っ頓狂な声を出す。


「…こういう軽食があると嬉しいかな。そこそこお腹に溜まるの」

「点心をご所望か」


テンシンなるものが如何なる料理かは知らないが、この店主なら見た目は珍妙でも美味なものを供してくれるだろう。簾の向こうで、何やら炭筆で書き込むような音が聞こえてきた。


「かなり献立が増えそうだな…そういう訳だから、今後ともよろしく」


楽しみにしてくれ、と言って店主は何時もの引きつった様な笑い声をこぼした。ハルピュイアが耳障りだとでもいう風に耳を塞ぎ、両肘をつく。


「…あ、それと」


アキラが呟く。いつも通りの無表情だが、どこか恥ずかしげな様子で目を伏せている。やがて意を決した様に、口を開いた。


「大盛りも出来ますか。出来れば倍量くらい…」

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