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伯母(3)

注文を終え、僅かな沈黙が浮蓮亭を支配する。


真っ先に声をあげたのは、アガタだった。


「……そういえば、まだ挨拶をしていなかったわ。ごめんなさいね」


そう告げて紙片を差し出す。共用語の他、何種類かの言語が数行記された名刺のようだ。

受け取ったのは、夜干舎の代表であるセリアンスロープだ。他の二人にも回し、目を通させる。


「改めて、はじめまして。私はアガタ。碩学院で工学を学んでいるの」

「はじめまして。ということは、学生か」

「そうねえ。まだまだ研究室から離れられそうにはないわ……で、こちらが私の教官」


アガタは隣の「教官」に引導を渡す。当の本人はアキラに向かって何事か口を開きかけたところを遮られたようで、何とも不機嫌そうな顔をした。


「教授もご挨拶」

「わかったわかった」


卓に着く夜干舎一同を向くように、椅子に掛け直す。


よく見ると、足先が床についていない。姪より幼く見えるのは、鰓のせいだけでは無かったようだ。


「シノブ・カルセドニー。工学教授ということになっている」

「はじめまして、カルセドニー教授」


ケインの目が細まる。相手を観察するような、好奇心の入り混じった目だ。


「工学という事は、先史遺物や炉についても研究の範疇かな」

「多少は。ただ私の目指すところは『互換』だ」


どこか牽制するように、シノブは説明する。その様子に不穏なものを感じて、リシアは耳をそばだてる。


「互換、というと」

「炉を使わずに、同程度の魔法を再現する方法を研究している」


リシアの想像からは少し外れた研究分野のようだ。てっきり、先史遺物の有効活用や炉の運用を研究しているものだと思っていた。


だがいずれにしても、炉は取り扱うのだろう。実際の魔法を目にしなければ、再現のしようもない。


引き取りは問題ないように思える。と、リシアは希望的観測を持つ。


「炉そのものの利用ではないのか」


セリアンスロープの質問に、教授は声を潜めた。


「あれについて我々がわかり得ているのは、膨大な力を持つという事だけだ。それこそ、国を一つ滅ぼすほどの」


教授の視線が、一瞬惑う。つられてリシアも周囲を見回すと、向かいに座るハロが今までに見たこともない表情をしていた。


何かを思い出すような哀しみを湛えた瞳が、リシアの胸をざわつかせた。


「そんな危険な代物が、恐ろしいことに不完全に動かせてしまう。あれに頼る前に、完全に理解出来ている技術を進歩させる方が先決だ。その過程で、代替や炉そのものへの理解も進むだろう」


身の程をわきまえるべき、ということだ。


そう告げて、教授は杯の水を呷る。


耳が痛くなるような言葉だった。心なしか、佩いた剣が重みを増した気さえする。


火、即ち燃焼は酸化反応だということは知っている。ただ、この剣がどうやって火を起こしているのか、リシアは知り得ていない。


だからこそ、「魔法」と呼ばれているのだ。


「で、目下興味があるのは動力だ。哨戒型の遺物を再現する、言うべきか」


打って変わって朗らかにシノブは声音を変える。


「今回ここに来たのも調査のためだ。ついでに姪の様子でも見ようと思ったんだが……」


アキラが一瞬、肩を強張らせた。すぐに杯を取り、水を啜る。


「元気そうだ」


そう呟くシノブの顔はアキラにそっくりで、夜色の瞳と声音からは何の感情も読み取れなかった。


「点心、出していくぞ」


話がひと段落する頃合いを見計らっていたのか、店主が声をかける。簾が巻き上がり、見慣れた蒸篭が二つ現れた。片方をアガタは取り上げ、リシアの卓に配する。


「小浪花の食べ物みたい」


うきうきとした様子でアガタは蒸篭のふたを開ける。蒸気が立ち上り、歓声をあげた。


「わあ、すっごく綺麗!見て教授」

「……野菜の色か?」


その声につられ、リシアもふたを開ける。薄緑色の点心が五つ、鎮座していた。


翡翠のような半透明の皮に見惚れつつ、その色艶が何処となく以前手に入れた「炉」に似ている気がして、リシアはひやりとした。


先程の話を聞いた後だと、早々に手放したくなってしまう。眺めていて飽きない代物ではあったが、危険物には変わりない。


いつ、渡せるだろうか。


切り出す頃合いを見定めきれずに、リシアは突き匙を取る。


「その調査では、迷宮にも潜るのかい?」


ケインが問う。組合らしい探りに感心しつつ、密かに聞き耳を立てた。


「そのために来た」

「なるほど、だったら是非とも」

「役所の紹介から選ぶ」


言葉を遮るように冷たく教授は言い放った。しかし組合の代表はにんまりと笑い、


「それなら、まだ機会はある。夜干舎をよろしく頼む」


大胆不敵にそう告げた。強引なようにも思えるが、これが一般的な冒険者組合の売り込みなのかもしれない。


セリアンスロープの笑顔を、教授は無表情のまま見上げる。


「まあ覚えておこう」


口から出たのは、何ともそっけない言葉だった。アキラに二つか三つ輪をかけて無愛想な顔を、リシアは眺める。


不意に、その夜色の目がリシアを捉えた。


「君のことも」


ゆっくりと動く唇から目を離せず、リシアは家宝の柄に手を置いたまま固まった。


視線が落ち、紅い炉を映す。


夜色の目に映る炉は、幽かに蒼く瞬いていた。

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