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伯母(2)

かくして、一堂に会する事になった。


気が滅入るような沈黙を経て、一行は異国通りの裏路地に辿り着く。


「ここです……」


小さくリシアが呟く側から、シノブの腕が伸びる。把手を押すと微かな鈴の音が響いた。


「いらっしゃい」


店主の掠れ声が出迎える。しかしその声は、伯母に続いて常連が入店した途端、小さくなっていった。


動揺は他の客にも広がっていた。運悪く揃っていた夜干舎の面子も、一行の顔を見るなり目を白黒させた。


「……今日は客が多いね」


ハルピュイアが呟く。


「キミの姉妹か何か?」


不遜な態度で鳥打帽のドレイクを指差す。極々自然な考察だが、相手が特殊すぎた。


「いえ、伯母です」


アキラの紹介に、夜干舎の二人は訝しげな表情を見せた。その顔は早々に席に着いたシノブが帽子を取り、鰓を露わにすると、怪訝を通り越して困惑するようなものになる。


無理もない。鰓は幼いドレイクの象徴のようなものだからだ。


シノブは外套の懐を探る。その様子に何かを察したのか、店主が簾の向こうから低く囁いた。


「すまない。煙は苦手な種族もいる」


シノブの片眉が微かに跳ねた。手探りを止め、外套を脱ぐ。


「ここも、そういう所になって来たか」


呆れたような声音だった。即座に、アガタが苦言を呈する。


「ほんとに勝手なんだから、教授ったら」


助手の言葉にセリアンスロープが耳を立てる。にじり寄るように席を立ち、尋ねた。


「もしや、碩学院で学んでいる伯母上とは」

「そうです」

「そんな事まで言ってるのか」


頷くアキラを一瞥するシノブ。先程よりも荒い語気に空気が張り詰める。


「……えーと、こちらの皆様もお知り合い?」


周囲を見回し、アガタが呟く。


口を開きかけたアキラよりも先に、ケインが手を差し出す。


「ああ。彼女達とは縁があってね。私はケイン。夜干舎という組合の代表を務めている」

「ヤカンシャ……あ、もしかして少し前に碩学院の調査依頼を請け負ってくれたところかしら」


思い当たるところがあったのだろうか。アガタは安堵したように頬を緩め、シノブに語りかける。


「ほら、迷宮地理の教官が調査に行ってたでしょ」

「そうだったか」


姪によく似た無表情のまま、伯母は呟く。巻き上げられた簾の隙間から、杯が人数分出された。


「食事に来た、という感じではないな」


店主の言葉に、慌てて女学生二人は缶を取り出す。簾の隙間から差し入れると、二つの缶は引き込まれていった。


「ゴチソウサマでした」

「ありがとう、店主」


当初の予定とは違ったが、それでも弁当は美味しくいただいた。感謝の言葉を告げる。


少し迷った後、リシアはハルピュイアと同じ卓に着いた。向かいの異種族は目を丸くする。


「……オトモダチと一緒じゃないの」

「その、ご家族を優先した方が良いかなって」


その言葉を聞いてか、アキラはシノブの隣に着席した。続いてアガタがその隣に腰掛ける。フェアリーは狭い通路を注意深く歩き、夜干舎代表の卓に着いた。


いつもより人口密度が高い浮蓮亭は、一種異様な雰囲気を漂わせていた。厨房から聞こえる調理の音がやけに大きく響いている。


「えっと」


リシアは声を上ずらせる。


「私、点心を食べようかな。その、店主のおすすめを頂戴」


店主の言葉につられたわけではないが、缶だけを返し、後は家族水入らずとアキラを置いて帰るのも気が進まない。いつも通り軽食を注文すると、アキラも片手を挙げた。


「日替わりをください」

「では私も日替わりを……ケインとハロは」

「今待ってるとこ」

「酒場じゃないのか、ここは」


辺りを見回すシノブに、アキラが献立表を差し出す。


「美味しいよ」


ここに来た第一の目的を達成し、すっかり食事をする気になっているのだろうか。暢気なようにも思えるアキラの言葉に、何故かリシアは固唾を飲んでしまう。


対する伯母は無言で厚手の紙を手に取り、顔前で距離を測るような素振りを見せた。


「見えん」


膝上で折りたたんだ外套の懐から、単眼鏡を取り出す。細めた右目の前にかざし、つぶさに文字を見つめる姿は、女学生の姪を持つ伯母にしては年老いているようにも見える。もっとも、外見はその姪と大して変わらないのだが。


「あのさ」


献立表を眺める背中を指差し、ハルピュイアは同じ卓のドレイクに囁いた。端整な顔がずいと近付く。


「子供の時だけなんでしょ?あのヒラヒラ生えてるの」


白磁のような指が、紅い外鰓を示す。純粋な好奇心からなのだろうか。問いかける声音にいつもの嫌味っぽさの欠片もないことに気付いて、リシアは少し驚く。


相手と同じく小声で返す。


「普通はそうなんだけど……たまに、ずっと鰓が落ちないドレイクがいるの」


別段珍しいわけではない。ジオードのような大都市なら、往来で一人か二人は見かける事もある。ただ、他種族には彼らが「ドレイクの子供」か「鰓の落ちていない大人」かを見分ける事は難しいだろう。


リシアが目の前のハルピュイアやフェアリーの年齢がわからないのと、同じはずだ。


「他のドレイクより、歳を取るのも遅かったりする」

「へえ、だから伯母の割には若く見えるんだ」


ハロは頬杖をつきながら、厨房前に腰掛けるドレイクの挙動を眺める。


一通り献立表を眺めた後、単眼鏡を外してシノブは注文を告げた。


「折角だ。日替わりを一つ。アガタはどうする」

「私、テンシンっていうの気になる。リシアちゃんと同じように、オススメって出来ますか?」

「いいぞ」

「じゃあそれを一つ」

「ああ、それと」


暫し、シノブは考え込む。小さな唸り声の後に、


「日替わりは、大盛りに出来るか」


その言葉に、外見以上に確かな血の繋がりを一同は察した。

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