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「駅」の地上口に出るなり、リシアは第六班に深々と頭を下げる。


「申し訳ありません。せっかく、同行してもらったのに」

「いいや、安全が第一だよ。その傷なら一日無理をせずにいれば治るだろう。ゆっくり休んでくれ」


二人の後輩を交互に見つめ、シラーは労った。その表情に怒りも失望も見えないことに、リシアは安堵した。


「また目処があれば……期限は大丈夫だったよね?」

「はい」

「なら、準備が整った時に声をかけてくれると嬉しいよ」


シラーはそう告げて、背を向けた。


「お大事に」


第六班は去っていく。残された迷宮科と普通科の少女たちは、暫し無言のまま立ち尽くす。


「……家まで送るよ」


最初に口を開いたのはリシアだった。アキラの手を取り、再び肩にかける。アキラは首を振り、鋤を掲げてみせた。


「これが杖代わりになる」

「それでも、送る」


真っ直ぐに見つめられ、赤ジャージの少女は動揺した。いつぞや川沿いで異種族を庇った時と、同じ目をしていたたからだ。


明らかに、リシアは憤っている。


きっとそれは、アキラ自身に非があるのだろう。


「ごめん。足手まといになって」


素直にアキラは謝罪する。


幾分か背の低い少女の瞳が、丸くなった。


「違う」


予想だにしない返答だった。アキラが気抜けしたように見つめていると、見る見るうちに少女の頰が紅潮していく。


「足手まといとかじゃなくて、ただ……」


目の縁に涙が滲んだ。


ぎょっとして、アキラは辺りを見回す。当然ながら、こちらを気にするような人間も援軍もいなかった。


「怖くて」


か細い声に、咄嗟にアキラは問いかける。


「怖いって?」

「あなたが傷つくことが、怖い。今日は捻挫で済んだけど、もし対応が遅れていたら、どうなっていたか」


淡々としているようで、声は確かに上擦っていく。


素直な感情の吐露が苦手なのは、ここ最近でよくわかっている。だから、アキラは沈黙したまま言葉を待った。


「酷い傷を負っても、私はきっと、何も出来ない」


アキラは頬に触れる。既に跡も無くなった傷。この程度の傷はこれからも負うだろうし、もっと大きな怪我をすることもあるだろう。


でもそんなことは、わかりきっている。


リシアが責任や罪悪感を持つ必要なんて、無いはずだ。


そのことを伝えるためには、なんと言えば良いのだろう。


「大丈夫、だよ」


彼女を安堵させたい一心で、迷宮の中で遮られた言葉を呟く。


「やめて」


悲痛なほどの、堪えた叫びがリシアの口から発せられた。


目下の白い頬を雫が伝う。


「大丈夫なことなんて、何一つとしてない」


下唇を噛む。


リシアの言葉の意味を飲み込めず、アキラは目を丸くする。


「こうやってあなたを連れてきている私に、言う資格は無いかもしれないけど……もっと、自分の身を大切にして。お願い」


懇願だった。


消え入りそうな声が、いつもよりも小さく見える姿が、あまりにも痛ましくて、アキラは目を逸らした。






「加入するとしても、採集組では?」


沈黙を破ったのは、班の斥候を務める男子生徒だった。彼の言葉に足を止めることもなく、班長はとぼける。


「加入?」

「そのつもりで、自分を連れてきたんでしょう」

「やっぱ、そうなのか?」


和やかな雰囲気とは思えない二人の間に、デーナが隠しきれない喜色と共に割って入る。腕を組み、豪快に笑った。


「そんな感じしたんだよなあ。だけどよ、採集組からってのはちょっと、回りくどいんじゃないか」

「彼女に長期演習に参加できるだけの力量があるとは思えない。もう一人の方ならまだしも」

「決定するのは、僕だ」


班長は同輩たちに向き直る。ゾーイはいつもの特徴がない表情のまま口をつぐんだ。対照的に、デーナは不服そうな声音で言い返した。


「腹は決まってるくせに」


副班長の言葉に、班長は何も答えずにただ微笑んだ。いつもと同じはぐらかし方だ。


もう一人の二年生があからさまなため息をつく。


「あれだけ身辺調査をさせて加入無しだなんて、タダ働きじゃないか」


ゾーイは愚痴をこぼす。普段の彼らしくも無い、珍しい姿だった。


「酒場の店主には目をつけられた気がするし」

「ああ、あそこはうまくいかなかったのか」

「縁が欲しいなら、班長が直接あそこに乗り込めば良い」

「僕が欲しいのは」


シラーは目を泳がせる。言葉を探しているのか、僅かな沈黙があった。


「これ以上は誤解を招きそうだな。取り敢えず、今日のことは他の班員には口外しないでくれ」

「……はい」

「わーったよ」


どこか不審げな表情の二年生を他所に、班長はマイカを見つめる。


「マイカも、頼むよ」

「は、はい」


前掛けの裾を握り込み、頷く。


他の班員を誘わず、第六班の中核である三人が揃って弱小班の依頼について行く時点で、どこかおかしいとは思っていたのだ。


シラーは何か、企んでいる。


そしてその企みに、あの普通科の少女とリシアが巻き込まれようとしている。


あるいは、他でもないマイカ自身も。


「そうだ。念のため菫青茶房に寄ろう。あそこなら花に関する情報もあるだろうし」

「ん、付き合うわ」

「ゾーイはどうだい」

「構いませんよ」

「マイカは」


そこまで告げて、シラーは思い出したようにはにかむ。


「門限があるんだったね」

「申し訳ありません。家の方針で」

「んー、ならアタシが送るか?門限気にする家なら、安全も」

「いえ!お構いなく。まだ日も沈んでいませんし」


マイカは微笑む。年頃の少年ならたちどころに赤面してしまうような可憐な笑みだが、同性のデーナには効果が薄いようだ。清々しい笑顔と声で、デーナは別れの挨拶をする。


「そうか。じゃ、気をつけて帰れよ」

「はい。御機嫌よう」


貴族じみた挨拶に面食らうデーナに頭を下げ、男子生徒二人にも礼をする。


「マイカ」


踵を返すマイカを、班長が呼び止めた。振り返るなり質問が飛んでくる。


「もしも、だけど。リシアが加入したら君は……思うところがあるんじゃないかな」


シラーの笑みが、いつもよりも軽薄なものに変わっている。


その碧眼を見据え、マイカもまた、とびっきりの笑顔を浮かべる。


「とても嬉しいと思います。だってリシアは、親友ですから」


碧眼に疑念が滲んだ。


三人に背を向け、マイカは帰路につく。


これからは、門限なんて言ってられなくなるかもしれない。何故シラーが、あの二人に興味を持ったのか。班に加入させて何をしたいのか。今まで以上に注意深く、第六班の動向を見定めなければならない。


聖女は小さく呟く。


「彼女」が瘴気にあてられる前に。


予防しなければ。

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