並び替え(1)
狭い小通路から本通路に戻ると、シラーの号令がかかった。
「ちょっと、集合」
地図を広げるシラーを取り囲む。専門の出版社が作るような詳細な地図を覗き込み、リシアは溜息をもらす。所々インクが滲んでいる。手書きなのだろう。
「次はどこに行こうか。さっきの小通路はホラハッカしか見当たらなかったけど」
「二本先の通路はどうでしょうか。あそこは少し乾き気味で、また違う植生になっています」
自身の野帳をめくりながら、リシアは提案してみる。最初の方の頁。アキラと出会う前に記した地図だ。
「……私も、ここが良いと思います」
するりと、金髪が野帳に流れ落ちた。マイカが身を屈めて覗き込んできたのだ。
「最初の課題は、ここだったね」
少女が微笑む。なんと答えたら良いかわからず、リシアは目を逸らした。
マイカと共にいた日々はもう随分と、昔の事のように思える。「最初の課題」とやらがどんなものだったかさえ朧げだ。
それでも地図は残っている。足取りは確かだ。
「じゃあ、そこに向かおう」
シラーが地図を折りたたむ。次いで、細い鎖の先の懐中時計を確認した。
「……まだ急ぐ必要はないよ」
そう告げて微笑む。以前のキノコ狩りがリシアの脳裏を過ぎった。なんとも含みのある言葉を噛み締め、野帳を閉じる。
真っ先に歩き出したのはゾーイだった。おそらく彼が、六班の先駆けなのだろう。そして殿は先程の隊列を鑑みるに、デーナの役目だ。
班長と救護係の二つの生命線は当然、真ん中なのだろう。
「アキラ、前に来てみてくれ」
シラーが手招き、アキラが自身の顔を指差した。
「何故ですか」
「得意そうだからだよ」
実力を測りたいのだろうか。どこか試すようなシラーの視線に、当事者でもないリシアが動揺してしまう。
黙ってアキラはシラーの言葉に従う。ゾーイの後を追い、その後をシラーが追う。続いてマイカ。
「よーし、行くか」
体が揺れるほど強く、デーナはリシアの肩を叩いた。
「は、はい」
「さっきはアキラとばっかり話してたからな。次は、アンタの話を聞かせてくれ」
そう言って、気持ちの良い笑顔を見せる。
その笑顔が、僅かに生じたわだかまりを忘れさせてくれた。
「アンタも、ヒドラ食べたことあるのか?」
予想もしなかった会話の切り口だったが、何とかリシアはついていく。
「私は食べたことないです」
「あ、そうなのかあ」
「無味無臭、とは言ってましたよ」
「へえ。んなもんどうやって美味しく食べるんだ……まさか、あの酒場で出してたのか」
「そう、ですね。よその国では良くある食材とかなんとか」
デーナが食いついてきた。
「他にも変なもん、食ってそうだな」
「ゲテモノばかり出してるわけではないんですよ?ちゃんと美味しいですし」
「例えば」
これまで食べてきた点心や菓子の名を告げる。異国情緒あふれる食事の数々に、話をしているリシアも段々と口さみしくなってきた。
「直近では蛇です」
「蛇」
「鶏肉みたいでした」
「その比喩良く聞くぞ。もっと詳しく」
「うーん、見た目の割には脂が多くて……煮物を食べたんですけど、ジオード風の味付けではなかったので、なんと伝えたらいいか」
熱心に話を聞いていたデーナが、不意に歩みを止める。リシアもまた立ち止まり、前方を見据える。
ゾーイが裂け目の前で立ち止まっていた。中に入るわけでもなく、第三通路の暗がりを注視している。
「……こんにちは」
これまでよりも随分と大きな声で、ゾーイは人影も見えない薄暗闇へ挨拶をした。
途端、ぺたぺたと裸足で歩いているような音が響く。挨拶をする前までは、足音を殺していたのだろう。
「やあ、こんにちは」
近づいてきた人影を見て、リシアは目を丸くする。
よく見知った人物だったからだ。
相手もまた、一行の中に女学生二人の顔を見つけたのか、耳をぴんと立てる。
「おや」
ひらひらとセリアンスロープが手を振る。
「またここで会うとは。今日は随分と大人数だ」
そうしてアキラの後ろに立つ男子生徒を見つけて、口角を上げる。
「君とも、また会ったね」
「ええ。オークの時はどうも」
お互い、腹の底の見えない笑みを交わす。
一人で迷宮に潜っているはずではないだろう。そう考えてケインの背後に目を凝らすと、予想通り大荷物を背負った巨躯がやって来た。
フェアリーはドレイクの団体に驚いたのか、触角をわずかに跳ね上げた。その後、普段通りの穏やかな声音で挨拶をする。
「こんにちは」
真っ先に挨拶を返したのはアキラだった。よく通る声に続いて、リシアも会釈をする。
「……本職の方々も、ここに来ることがあるんですね」
「丘陵方面に用があってね。ここの地上口を経由すると、近道になるから」
シラーの質問にケインは答えた後、大袈裟な溜息をつく。
「前はあんなに酷い目にあったのに、今日は静かなもんだ」
「ケラに会う事自体、珍しいですから」
「蟲が、出るのですか」
マイカが小さくこぼす。赤銅色の耳がぴくりと動いた。
「以前ここで、遭遇したことがあってね。今日は大物が動いているような気配はしないから、大丈夫大丈夫」
そう告げた瞬間、目が細まる。
「でも、静か過ぎるのが気になるな。それに少し臭う」
すん、と誰ともなく鼻を鳴らした。
少なくともリシアには、臭いとやらはわからなかった。




