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合同(3)

駅前広場から、鋤を抱えたアキラが駆け寄ってくる。


「すみません。お待たせしました」

「いや、待たせただなんて」


珍しく息を切らせた友人は、農具を支えに呼吸を整える。落ち着いた頃合いを見計らって、リシアは弁当を渡す。


「はい。お弁当と、お釣り」

「ありがとう」


アキラは缶を背囊にねじ込む。


赤いジャージに鋤。「いつも通りの装備」が、今日はどうも頼りなく見えてしまう。他の第六班の反応を伺ってみると、やはりと言うべきか、一人なんとも言えない表情をしている者がいた。


「あの、それは」

「鋤です」


既視感のあるやり取りの後に、マイカが不安げにシラーを見上げた。当のシラーは以前と変わらないアキラの装備を興味深そうに見ている。


一方で顔色ひとつ変わらないゾーイが、懐中時計を確認して班長に何事か囁いた。班員の言葉を聞いて、小さくシラーは頷く。


そうして同行者二人に向き直り、微笑んだ。


「全員揃ったね。それじゃあ、行こうか」

「はい」


六班は揃って、同意の掛け声をあげた。先程とは打って変わって緊迫した雰囲気に、リシアは気圧される。


本職の冒険者でも、ここまで統率された行動は取らないだろう。まるで軍隊だ。


心なしか、アキラの表情が強張ったように思える。リシアもまた気を引き締めるように、ウィンドミルの柄を握った。


一行は元来た道を戻り、駅に入る。受付でシラーが学生証を見せると、特に所属を問われる事もなく、全員入洞する事が出来た。


もっとも、今のところは迷宮の立ち入りに関する国の規則は無い。ただ無謀な者、不運な者が多いだけだ。


「今はまだ、入るのも簡単だね」


周囲を見渡し、ごく小さな声でシラーは呟いた。


「そのうち、許可証を持ってる奴以外はお断りになるんだろ?」

「そのうちと言っても、後何年かはかかるだろうけど……貴重な資源だからね、迷宮は」


六班の会話を聞いて、リシアはアキラの表情を窺い見る。特に驚いた様子もなく、やはりいつも通りの無表情だった。


だが心の奥では、何を考えているのか。


人の流れに逆らうように、第三通路へ向かう。長い長い階段を下ると、初めて来た時と同じ広い通路が、薄暗い闇を湛えていた。


「相変わらず静かだね」

「今日は蟲、出ないかな」


縁起でもないことを呟くアキラに、マイカが興味を示した。


「蟲?」

「ああ、そういえばここで高額素材を手に入れたんだっけ」


シラーがアキラとリシアを交互に見る。


「二人でケラを倒したと聞いたけど」


リシアは沈黙する。あの蟲を倒したのは、アキラだ。リシアは加勢もせずに怯えていただけで、何もしていない。何か質問があったとしても、答えることなど出来ないのだ。


「それで倒したのかな」


シラーは「歴戦の武器」……アキラの鋤を見つめる。ウィンドミル、ひいてはリシアの事など眼中にも入っていないようだった。


「いいえ、その時は別の……武器、だったので」

「鋤以外はなんだ、草刈り鎌か?」


からかうようにデーナは笑う。農具ですらなかった、とは言い難い。


以前二人で薄荷を摘んだ割れ目を過ぎ、通路の奥へ奥へと進む。何処かで水の滴る音が響き、思わずリシアは周りを見渡した。


「水があるところなら、花も咲いてそうだね」


リシアの様子に気づいたのか、すかさず班長は声をかける。


「少し先に小通路があったはずだ。そこに入ってみよう」


灯りを、と呟いて、シラーは一瞬見たことのない表情をする。


「……参ったな、石を忘れたかもしれない」

「まじか。珍しいな」


デーナもまた懐を探る。眉間に皺を寄せ、懐から出した両手を振った。


「無い!」

「あの、これで火を灯せます」


ほんの少し熱を持ったウィンドミルを抜く。リシアの申し出にシラーは目を丸くして、低くこぼした。


「その剣、まだ活きているのか」


隣に立つゾーイが、品定めをするようにウィンドミルを見つめた。切っ先を下に向け、半歩引く。


「少し、見せてもらってもいいかな」

「え」


上擦った声が思わず出てしまう。熟慮する間も無くこくりと肯いて柄を差し出すと、シラーは籠手を取り、手を伸ばした。


思っていたよりもずっと大きな指が、ウィンドミルに触れる。


炉が淡く明滅する。


途端、貴公子は顔をしかめた。


火花が微かに爆ぜ、無骨な手が跳ね退く。


「どうした」

「大丈夫ですか」

「……問題ないよ」


取り巻く六班の人員に挟まれ、リシアは青褪める。柄を強く握り締めると、既に熱は冷めていた。


いつもは誰かに触れられても、少し温かくなる程度なのに。


「も、申し訳ありません!」


剣を鞘に納め、必死で頭を下げる。シラーは微笑み、少し赤みがかった手を振った。


「いや、僕が無作法だったんだ」


そうして、好奇心で碧眼を瞬かせる。


「こんなに近くで魔法を見るのは初めてだ。良い経験をしたよ」


シラーはマイカが差し出した溶液を取り、指先に薄く塗る。その手を見つめ、リシアは未だに高鳴る心臓を押さえつけた。


シラーが無作法なら、リシアは無配慮だったのだ。熱で染まった指が、脳裏に灼きつく。


「さっきの様子なら、火を灯すぐらい簡単なことだろう」


軽口を言うシラーの傍で、ゾーイが火具を出した。


周りの皆を下がらせ、いつもよりもずっと気を張って火を灯す。火屋を閉めると、妙な疲れが降りてきた。


「迷宮の中で火の心配をしなくて良いってのは、いいな」


火具を受け取り、デーナは炎を眺める。


「いつでも温かい飯が食えるし」

「それには食材の調達が必要だね」

「迷宮で、ですか?」

「前、ヒドラを土産に持って帰ろうとしてた冒険者がいたよな。まあ、あれを食おうとは思わねーけど」

「ヒドラ、美味しいですよ」


リシアが口をふさぐ前に、アキラは言い放った。


広い通路に、発言が妙に木霊する。


「……あの小通路なら、ある程度地上に近い植生があるはずです」

「おう」


ゾーイが細い割れ目を指差す。


流した。


追求が許されないような空気にリシアは感謝するべきか、アキラを気にかけるべきか悩む。


当のアキラを見上げると、特に気にもしていないような無表情だったので、リシアもヒドラの件は忘れることにした。

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