合同(2)
駅前の広場で、アキラは足を止めた。
「鋤を取ってくる。先に、弁当を受け取ってほしい」
「え」
戸惑うリシアに陶貨を渡して、アキラは水路通りへ駆けて行った。第六班の面子と取り残され、リシアは更に心細くなる。
「向こうで待ち合わせ、ということかな?」
「そ、そうみたいです」
シラーの言葉に何とか答える。彼らと共に異国通りまで行くのは、ある意味花摘みよりも難易度が高い任務に思えた。
「じゃあ、行こうか」
「何度か行ったことはあるが、どうも疎外感があるんだよなあ、あそこ」
「以前は普通の通りだったんだけどね」
「外国の冒険者がやって来ると、治安が悪くなるものなのでしょうか」
マイカの言葉を最後に、会話が無くなる。どうも重苦しい空気の中、半ば視線を落としながらせかせかとリシアは歩く。
いつもの路地裏の入り口で、シラーが呼び止めた。
「ここかい?」
「はい」
何も考えずに先に進もうとして、リシアは生徒達の視線に気付いて立ち止まる。
異国通りの路地裏。明らかに、生徒が出入りするような場所ではない。
大丈夫か。
シラーはそう聞きたいのだろう。
「えっと、大丈夫ですよ」
そう告げて、以前出会った酔っ払い共を思い出す。割と大丈夫ではない。
ここで待ってもらった方が、良いだろうか。リシアは悩む。
「あの」
か細く、マイカが呟いた。前掛けを握り込み弄りながら、目を伏せた。
「私、こちらで待たせてもらっても良いでしょうか」
その言葉に、リシアは便乗する。
「そ、そうですね!お弁当を受け取るだけなので……皆さんはこちらで待っていてください!」
「……そうしようかな。じゃあ、僕らはここで待機」
「えー」
何とも不服そうなデーナを見て苦笑しつつ、シラーは言う。
「その集会所に行くのは、またの機会にしよう」
シラーの言葉にひやひやしながら、リシアは浮蓮亭に向かう。
人影のない路地に安堵して、重厚な扉を開ける。いつもと同じ掠れた声が出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「どうも」
「準備は出来ているぞ」
巻き上げられた簾の隙間から、缶が二つ現れた。よく見ると、隣の通りで売っている銘菓の缶だった。
「再利用というやつだ」
思考を読み取ったかのような店主の言葉に、リシアはギョッとする。
「芋と辛子の和え物と鶏の冷製。それぞれパンに挟んである。あと甘味もついてる」
店主が告げた献立を聞いて、リシアの腹が微かに鳴った。中身を見たいが……後のお楽しみ、と言うやつだ。
「ありがとう、店主」
「容器は持ち帰ってきてくれ」
「わかった」
二人分の代金を支払い、缶を抱える。扉の把手に手をかける前に隅の席を見ると、いつも通りハルピュイアが頬杖をついていた。
「それ、鶏を魚に代えてよ」
「気になるのか?」
「いい匂いするんだもん」
店主とのやり取りの後に、ちらりとリシアを一瞥する。
「今日はどこ行くの」
「花を探しに、第一通路に」
「地上のじゃダメなの?モノ好きだね、王族サマは」
物好きなのは、否めない。にやつくハロからどこかバツが悪い様子で目をそらし、小さく「それじゃあ」と呟く。
扉に向き直り、
「弁当は二人分でいいのか?」
突然、店主が声をかけた。思わずリシアは振り向いて、逆に問いかけてしまう。
「ほ、他にいるなんて言った?」
「いや、外に」
微かに簾の奥で、金属の反射光が煌めいた。
「冷やかしか」
嘆息じみた声が溢れる。
第六班の誰かが来ていたのだろうか。リシアは扉を開ける。念のため辺りを見回しても、人影一つ無かった。
待っている、と言っていたのだから、ここまで来ることも考え難い。それにあの僅かな間に路地を抜けるのもあり得ない。
どうも腑に落ちないまま、リシアはシラー達の待つ大通りへと向かった。
玄関の片隅に立てかけた鋤を取り、階段を軽快に降りる。大家の部屋がちゃんと閉まっていることを確認して、集合住宅を出た。
まだまだ活気が出てくる時間ではない。静かな水路沿いを、アキラは駆ける。
浮蓮亭に、ケインとライサンダーがいたら。
アキラは夜干舎と第六班が鉢合わせることを危惧していた。以前湖の小迷宮で出会った時は、どうもきな臭い別れ方をしたからだ。正直なところ、接触は避けてもらいたい。
自然と速度が上がる。駅前広場へ続く路地を曲がろうとして、
「ああ、あ、アキラさん!」
突如呼び止められ、アキラは立ち止まる。振り向くと、予想もしない人物が立っていた。思わず鋤を後ろ手に隠そうとする。
「き、奇遇ですね」
声を上擦らせて、数学講師は手を振った。会釈をしてその場を離れようとしたが、講師が何か言いたげに口をもごつかせたのが見えて、留まる。
「こんにちは」
「こんにちは。その、あ、会えて良かった。昨日は、ちょっと動揺してしまって、取り乱したところを見せてしまいました」
今もまだ動揺しているらしい講師は、弁明のような言葉を述べ続ける。
ここでは助けてくれる事務員もいない。
どうにか話を切り上げて異国通りに向かう好きを伺う。
「それで、その、昨日のことなんだけど……時間はありますか」
「すみません。これから用があるので」
「あ、よ、用って、どこに」
「駅の方まで、少し」
そう告げると、講師は明らかに顔色を変えた。
「え、駅?なんだってそんな……危険ですよあんな、治安の悪いところ」
「危険な目にあったことがあるんですか」
アキラの言葉に講師は口ごもる。そもそも行ったことが無いのだろう。
「と、とにかく。生徒を危険な目に合わせるわけには行きません。家はこの辺りでしょう?送っていきますから」
違和感を覚えた。
「名簿でも見たんですか」
咄嗟に言い放つと、講師は一瞬怪訝な顔をして、すぐさま目を泳がせた。
「い、いえ、そんなことは。ただ君が……出てくるのが見えただけで」
怖気が走る。
気を許した人間以外に住居を知られる事が、こんなにも不愉快なものだとは思わなかった。
落ち着いた声を出すように努めて、アキラは講師に尋ねる。
「用件のために追ってきたんですか」
「い、いや」
「それなら、何故ここに」
アキラは講師を見つめる。忙しなく動く瞳が狼狽を示していた。
不意に講師は踵を返す。
無言のまま早足で去って行く講師の背を見つめ、アキラは問い詰めるべきか迷う。
……いや、やめた方がいい。
一先ず講師の件は頭の隅にとどめておいて、アキラは先を急いだ。




