表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/421

合同(2)

駅前の広場で、アキラは足を止めた。


「鋤を取ってくる。先に、弁当を受け取ってほしい」

「え」


戸惑うリシアに陶貨を渡して、アキラは水路通りへ駆けて行った。第六班の面子と取り残され、リシアは更に心細くなる。


「向こうで待ち合わせ、ということかな?」

「そ、そうみたいです」


シラーの言葉に何とか答える。彼らと共に異国通りまで行くのは、ある意味花摘みよりも難易度が高い任務に思えた。


「じゃあ、行こうか」

「何度か行ったことはあるが、どうも疎外感があるんだよなあ、あそこ」

「以前は普通の通りだったんだけどね」

「外国の冒険者がやって来ると、治安が悪くなるものなのでしょうか」


マイカの言葉を最後に、会話が無くなる。どうも重苦しい空気の中、半ば視線を落としながらせかせかとリシアは歩く。


いつもの路地裏の入り口で、シラーが呼び止めた。


「ここかい?」

「はい」


何も考えずに先に進もうとして、リシアは生徒達の視線に気付いて立ち止まる。


異国通りの路地裏。明らかに、生徒が出入りするような場所ではない。


大丈夫か。


シラーはそう聞きたいのだろう。


「えっと、大丈夫ですよ」


そう告げて、以前出会った酔っ払い共を思い出す。割と大丈夫ではない。


ここで待ってもらった方が、良いだろうか。リシアは悩む。


「あの」


か細く、マイカが呟いた。前掛けを握り込み弄りながら、目を伏せた。


「私、こちらで待たせてもらっても良いでしょうか」


その言葉に、リシアは便乗する。


「そ、そうですね!お弁当を受け取るだけなので……皆さんはこちらで待っていてください!」

「……そうしようかな。じゃあ、僕らはここで待機」

「えー」


何とも不服そうなデーナを見て苦笑しつつ、シラーは言う。


「その集会所に行くのは、またの機会にしよう」


シラーの言葉にひやひやしながら、リシアは浮蓮亭に向かう。


人影のない路地に安堵して、重厚な扉を開ける。いつもと同じ掠れた声が出迎えてくれた。


「いらっしゃい」

「どうも」

「準備は出来ているぞ」


巻き上げられた簾の隙間から、缶が二つ現れた。よく見ると、隣の通りで売っている銘菓の缶だった。


「再利用というやつだ」


思考を読み取ったかのような店主の言葉に、リシアはギョッとする。


「芋と辛子の和え物と鶏の冷製。それぞれパンに挟んである。あと甘味もついてる」


店主が告げた献立を聞いて、リシアの腹が微かに鳴った。中身を見たいが……後のお楽しみ、と言うやつだ。


「ありがとう、店主」

「容器は持ち帰ってきてくれ」

「わかった」


二人分の代金を支払い、缶を抱える。扉の把手に手をかける前に隅の席を見ると、いつも通りハルピュイアが頬杖をついていた。


「それ、鶏を魚に代えてよ」

「気になるのか?」

「いい匂いするんだもん」


店主とのやり取りの後に、ちらりとリシアを一瞥する。


「今日はどこ行くの」

「花を探しに、第一通路に」

「地上のじゃダメなの?モノ好きだね、王族サマは」


物好きなのは、否めない。にやつくハロからどこかバツが悪い様子で目をそらし、小さく「それじゃあ」と呟く。


扉に向き直り、


「弁当は二人分でいいのか?」


突然、店主が声をかけた。思わずリシアは振り向いて、逆に問いかけてしまう。


「ほ、他にいるなんて言った?」

「いや、外に」


微かに簾の奥で、金属の反射光が煌めいた。


「冷やかしか」


嘆息じみた声が溢れる。


第六班の誰かが来ていたのだろうか。リシアは扉を開ける。念のため辺りを見回しても、人影一つ無かった。


待っている、と言っていたのだから、ここまで来ることも考え難い。それにあの僅かな間に路地を抜けるのもあり得ない。


どうも腑に落ちないまま、リシアはシラー達の待つ大通りへと向かった。






玄関の片隅に立てかけた鋤を取り、階段を軽快に降りる。大家の部屋がちゃんと閉まっていることを確認して、集合住宅を出た。


まだまだ活気が出てくる時間ではない。静かな水路沿いを、アキラは駆ける。


浮蓮亭に、ケインとライサンダーがいたら。


アキラは夜干舎と第六班が鉢合わせることを危惧していた。以前湖の小迷宮で出会った時は、どうもきな臭い別れ方をしたからだ。正直なところ、接触は避けてもらいたい。


自然と速度が上がる。駅前広場へ続く路地を曲がろうとして、


「ああ、あ、アキラさん!」


突如呼び止められ、アキラは立ち止まる。振り向くと、予想もしない人物が立っていた。思わず鋤を後ろ手に隠そうとする。


「き、奇遇ですね」


声を上擦らせて、数学講師は手を振った。会釈をしてその場を離れようとしたが、講師が何か言いたげに口をもごつかせたのが見えて、留まる。


「こんにちは」

「こんにちは。その、あ、会えて良かった。昨日は、ちょっと動揺してしまって、取り乱したところを見せてしまいました」


今もまだ動揺しているらしい講師は、弁明のような言葉を述べ続ける。


ここでは助けてくれる事務員もいない。


どうにか話を切り上げて異国通りに向かう好きを伺う。


「それで、その、昨日のことなんだけど……時間はありますか」

「すみません。これから用があるので」

「あ、よ、用って、どこに」

「駅の方まで、少し」


そう告げると、講師は明らかに顔色を変えた。


「え、駅?なんだってそんな……危険ですよあんな、治安の悪いところ」

「危険な目にあったことがあるんですか」


アキラの言葉に講師は口ごもる。そもそも行ったことが無いのだろう。


「と、とにかく。生徒を危険な目に合わせるわけには行きません。家はこの辺りでしょう?送っていきますから」


違和感を覚えた。


「名簿でも見たんですか」


咄嗟に言い放つと、講師は一瞬怪訝な顔をして、すぐさま目を泳がせた。


「い、いえ、そんなことは。ただ君が……出てくるのが見えただけで」


怖気が走る。


気を許した人間以外に住居を知られる事が、こんなにも不愉快なものだとは思わなかった。


落ち着いた声を出すように努めて、アキラは講師に尋ねる。


「用件のために追ってきたんですか」

「い、いや」

「それなら、何故ここに」


アキラは講師を見つめる。忙しなく動く瞳が狼狽を示していた。


不意に講師は踵を返す。


無言のまま早足で去って行く講師の背を見つめ、アキラは問い詰めるべきか迷う。


……いや、やめた方がいい。


一先ず講師の件は頭の隅にとどめておいて、アキラは先を急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ