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合同(1)

差し出された書類には、確かに講師の署名があった。


「エリス先生から、僕達から渡すようにと言われたのだけれど」


そう言って、上級生は微笑む。リシアは暫しその笑みに見とれて、周囲のざわめきで今の状況に気がついた。


放課間もない教室は、人の目が多すぎる。


「あ、あの」

「それじゃあ、同行するお友達に声をかけに」

「その前に!えっと、中庭で少し、待っててもらえますか」


慌ただしく言葉を遮るリシアを見て、シラーが口元を右手で覆い隠した。失言と思ったのか、苦笑したのか。いずれにしろ、それ以上は同行者について何も言わずにシラーは頷いた。


「わかった。また後で」


大きな手をゆっくりと振って、貴公子は教室を去る。


周囲の視線に晒されながら、帰り支度を整える。ウィンドミルは佩いた。弁当は予約をしている。自身の冒険の準備は、万端のはずだ。


後は、もう一人の同行者に声をかけるだけ。


「スフェーンさん」


突如名を呼ばれ、リシアは書類を取り落す。即座に拾い上げて、声の主に目を向けた。


「もしかして六班と、迷宮に?」


話したこともない、斜め後ろの席に座る少女だった。混乱しつつ、なんとか答える。


「うん……」

「そうなんだ!もしかして勧誘されてたりするの?」

「あ、いや」


勧誘。


その言葉を聞いて、心臓が跳ね上がった。そうか。そういう事も、あり得るのか。


「……課題があるから。それじゃあ」


短く告げて、教室から走り去る。普通科棟へ続く渡り廊下で並足になり、リシアは息をついた。


第六班、いや、シラーという存在の大きさをひしひしと感じる。彼の一挙一動が班を動かし人を動かす。それは生まれ持った資質によるものなのだろう。注目を集めるのも無理はない。リシアはその注目の流れ弾に当たったようなものだ。


先程の同級生とのやり取りを思い返す。


やはり、リシアのような落ちこぼれとシラーが行動を共にするのは不可解なのだろう。もっとも、誰よりもリシア自身が今の状況を不可解に思っているが。


以前訪れた普通科の教室の前に至る。そっと中を覗き込むと、見慣れた赤ジャージの少女が鞄を肩にかけ、何やら令嬢と話し込んでいた。


「迷宮らしい花、なんてあるかしら。もしあったらそんな花を持ってきてくれると嬉しいのだけれど」

「リシアに聞いてみるよ」


なんだか厄介そうな話をついリシアは盗み聞きしてしまう。迷宮らしい、と言われて思いつく植物はホラハッカぐらいだ。殆ど地上と変わらない植生の中で、ホラハッカはよく見かける「迷宮固有種」なのだ。


もっと華やかな方がいいだろう。


今の季節に咲く植物を思い返していると、リシアに気付いたアキラが手を振った。


「ごめん、待たせてる」


アキラと共に、セレスも歩み寄ってくる。


「依頼を受けてくれて、ありがとう。出した側が言うのもアレだけど……気をつけてね」

「は、はい」


血湧き肉躍るような冒険を想像しているのだろうか。妙に熱のこもった声でセレスは二人を送り出す。


「ありがとう、教室まで」

「中庭で待ちぼうけするのもなんだから」

「あの人は、まだいない?」


渡り廊下に出るなり、アキラは周囲を見回す。先日の話を聞く限りシラーを警戒するのもやむを得ない事だが、それにしたって気にし過ぎではないか。


「先に中庭にいるって」


そう言うと、幾分かアキラの表情から険が取れた。


「そうなんだ」

「シラー先輩のこと、気にするのもわかるけど……今日一日は、様子見程度にしてほしい」


口論はやめてくれ、と暗に告げる。もちろん、リシア自身も肝に銘じる。今日だけは、シラーやアキラの手前穏便に依頼を済ませたい。


中庭に通じる小径に差し掛かると、待ち人からこちらに向かってきた。


「揃ったね」


微笑むシラーの背後に、三人の迷宮科生徒が続く。そのうち二人はよく見知った顔だった。


「第六班からは、僕も含めて四人。その方が人数もちょうど良いと思ったのだけれど」

「ありがとうございます。安心です」

「よかった。それじゃあ、まずは紹介でも」


シラーは班員を一人ずつ指し示す。


「副班長のデーナと、一年生のマイカ。それから……初対面かな」


三人目の男子生徒が会釈をする。中肉中背、これといって特徴の無い外見の少年だった。腰に帯びた二本の短剣が、かろうじて所属を示している。


「彼はゾーイ。二年生だ」

「よ、よろしくお願いします」


リシアは慌てて頭を下げる。見覚えがないとは思ったが、二年生だったのか。


「彼女は第四十二班のリシア。それと……その友人の、アキラだ」

「よろしくお願いします」


綺麗な角度でアキラは辞儀をした。普通科の赤ジャージを身につけた女生徒を前にしても、ゾーイと呼ばれた二年生は顔色ひとつ変えなかった。


「二人とも、よろしく」


淡々とそう返して、ゾーイはシラーを一瞥する。その視線を合図に、シラーは二班合同の一行に微笑みかけた。


「それじゃあ早速行こうか」

「依頼は確か、花摘みだったよな。どこか当てはあるのか」


デーナの鋭い目がリシアに向けられる。すくみ上がりながらも、なんとかリシアは答えた。


「えっと……植生は第三通路が一番豊かなので、そこなら何かしら咲いていると思います」

「第三通路か」

「もしくは、地表に近い第一通路とか」


暫し、シラーは考え込むような素振りを見せた。


「第一は、今は少し危険かもしれない。第三通路へ行こう」

「はい」

「わかりました」


リシアとマイカが続けて応える。一瞬両者の視線が交わる。しかしすぐにマイカが目をそらし、内心リシアは安堵した。


シラーが歩み始める。自然と、他の人員も後に着いて行く。


そんな中、


「すみません」


低く押し殺したような声が誰かを呼び止める。振り向くと、ゾーイがアキラの手を見つめ、立ち尽くしていた。


「武器は」


その言葉に、リシアは冷や汗を流す。ゾーイの指摘した通り、アキラは「武器」を持っていない。これまで使ってきたものといえば、杖や鋤といった生活用品の類ばかりだ。今日にいたっては、鞄以外は何も持ってきていない。素手だ。


「迷宮に行く前に、家に取りに行こうと」

「そうでしたか」

「貸そうか?」


シラーが帯びていた剣を一振り外す。アキラは首を横に振り、申し出を断った。


「慣れていないので」

「ああ、そうか」


少し残念そうに呟いて、班長は再び剣を佩く。すぐに気を取り直したように笑みを浮かべて、改めて確認をした。


「寄るところは君の家だけでいいかな」

「それと、異国通りにも」

「異国通り?」


デーナの素っ頓狂な声を聞いて、リシアは浮蓮亭の存在を思い出す。そうだった、軽食を注文していた。それもこのままだと、彼らと共に異国通りの酒場に行くことになってしまうのではないか。


別に浮蓮亭に出入りしていることを知られたくないわけではないが、上手く向こうの店主や客との仲を取り持てる気がしない。この頃常に居るハロなんかは、どうも口が多いから余計に気がかりだ。


どうしたものか。恐る恐るアキラに目を向ける。


「弁当を受け取らないと」

「弁当?」

「ああ、制服通りの方で見かけないと思ったら、そっちに拠点があるのか」

「結構気が利いたところに出入りしてるんだな」

「危険ではありませんか?」

「変な人もいるけど、助けてくれる人もいる」


内心穏やかでないリシアを他所に、アキラと異国通りの集会所に興味津々な様子の第六班は、談笑しつつ揃って先へ進む。


その様を見て、リシアはどこか疎外感を覚えた。

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