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天秤

放課後の中庭で、待ち人の姿を探す。


まだ赤いジャージの見慣れた姿は無い。何人か、同じように待ち合わせをしているらしい普通科の生徒から離れるように、リシアは掲示板へ向かう。


今週の成績表が貼り付けられた掲示板を見て、リシアは安堵する。この間からいつ講師に呼び出されるのか内心穏やかでは無いのだ。今日も講師の講義はあったが特に声をかけられることもなく、掲示も見当たらない。リシアの行いは「不問」になったのだろうか。確信もないまま、不安だけが募っていく。


今日の進展によっては、依頼受理の報告をする為に講師の元へ行く必要が出てくる。その時にまた、アキラと共に行動していることを告げなければならない。


胸を張って、「責任は持つ」と言うことが出来たら。


昨日から何度も考えていることだが、実際に講師を前にしたら、竦んで何も告げられなくなりそうだった。


「大丈夫、責任は持ちます」


練習をする。いつも以上に小さな声が、自信の無さを如実に表している。


大丈夫。


アキラも何度も繰り返していた言葉だ。何が「大丈夫」なのだろう。あの時感じた不安が、再びにじり寄る。


アキラはリシアに、全幅の信頼を寄せている。そう示された気がして、リシアは憂鬱になった。自分は完璧な班長からは程遠い。唯一の班員に離別され、講師には呆れられ、友人を庇うこともできない。そんな自分に「大丈夫」なところなんて、一つとしてないはずだ。


ぱん、とリシアは両手で頰を叩く。暗澹とした気持ちを少しでも紛らわすためだ。


「リシア」


聞きなれた声が、名を呼ぶ。叩いて赤くなった頰のまま振り向くと、待ち人は少し驚いたように目を見開いた。


「どうしたの」

「少し、眠気覚ましを」


思いのほか力が入っていたのか、まだ少しひりついている。少し引きつった笑みを浮かべたリシアを見つめ、アキラは気を使うように囁く。


「別の日にする?」

「だ、大丈夫」


先んじるように正門へ向かう。


なんとなく、悩んでいることをアキラに悟られたくはなかった。


ひとまず、役所に向かうことにする。令嬢の出した依頼は役所でしか取り扱っていないはずだ。花押付きの依頼書を壁に張り付けるなんて、大抵の集会所では恐れ多くて出来ない。学苑の息がかかった場所なら尚更だ。


だからこそ、多くの生徒の目にも止まらず残っているのだろう。


果たして役所の掲示板に、花摘みの依頼書は鎮座していた。


「……」

「……」


何となしに目配せをして、申請書を一枚取る。


用は済んだ。アキラと共に役所を後にしようと、声をかける。


「どうしよう。これを記入して講師に渡さないといけないから、迷宮に入るのは明日以降になる」

「そうなんだ。じゃあ……」


また明日、とでも言いかけたように見えた。しかし何かを思い出したようにアキラは言葉をすり替える。


「浮蓮亭に行って、店主さんに一言声をかけよう」

「ああ」


弁当か。


以前の会話を思い出す。前日までに注文をしてくれたら、弁当を持たせてくれるという話だった。


確かに、下手したら長丁場になるかもしれない。この季節に花を咲かせる迷宮の植物は頭に入っているが、キノコ狩りの時のように一日では見つからないということもあり得る。


そんな時につまめるものでもあれば、気力が出るだろう。


アキラの提案に頷く。


「そうだね」


そうして再び、役所の出入口を向く。


そこで見知った顔を見つけ、立ち止まった。


正確には、足がすくんだ。


「おや。また会ったね」


貴公子然とした風貌の少年が二人に微笑みかける。


その隣には、可憐な少女がついていた。


かつての親友はリシアを見つめ、花弁の唇を綻ばせた。


「ご機嫌よう、リシア」


聞き慣れた挨拶に、リシアはたじろぐ。少女は何も変わっていない。班から離れた以前と全く同じ、高貴な振る舞いだった。


「依頼かな」


緊迫した空気の中、颯爽とシラーは歩み寄る。リシアの前に立ち、手に持った申請書を見下ろした。


「……以前、セレスタイン様が仰っていたものだね」

「は、はい」


シラーの言葉に何とか答える。考えが追いつかない。こんな時に、二人に会うなんて。


第六班班長の視線が申請書から、アキラに向かう。アキラはいつもと同じ無表情で、シラーの顔を見据えた。


「また彼女と?」


背筋に冷たいものが降りてきた。


「このまま申請書を渡しに行っても、先生が承諾するとは思えないけど」


シラーの言う通りだ。


真実を話したリシアの信頼は失墜している。そこへ、この申請書を持っていっても、講師が署名をする事はないだろう。むしろ火に油を注ぎかねない。


アキラがリシアを見下ろす。


大丈夫か。


そう告げる視線が、怖い。


「……なんとか、説明」

「同行しようか」


リシアは目を見開く。


傍のマイカが右手を口に添え、唇を覆い隠した。


「班同士で協力して依頼をこなすことは、何も悪いことじゃない。講師も文句は言えないはずだ。それに……同行者とは迷宮の中で合流してしまえば、知ることもないだろうし」


どうかな。


シラーの蒼眼が細まる。


彼の提案は、少なくともリシアには魅力的に思えた。


何よりシラーがあの時に吐いてくれた嘘が、嘘ではなくなる。


逡巡するリシアにたたみ掛けるように、男子生徒は嘯く。


「もちろん、どこぞの誰かのように報酬を独り占めしたりはしないよ。君達とこちらで、公平に分配する。当然のことだ」


連れの少女の方を向く。


「マイカはどう思う」


問いかけにマイカは微笑んだ。


「とても、素晴らしい提案だと思います」


そうして少しはにかむように、首を傾げた。


「あの、もしよろしければ、私も同行してもいいでしょうか」


ぞっとするような提案に、リシアは思わず顔を引攣らせる。そんなリシアをよそに、シラーは明るい声で快諾した。


「ああ。君がいれば安心だ」


再び、シラーはリシアとアキラに視線を向ける。


「もっとも、君達が良ければ、だけど」


貴公子は微笑んだ。


リシアは様々なものを天秤にかける。


成績のこと。憧れの先輩のこと。元親友のこと。そしてアキラのこと。


沈黙の末、答えが出る。


「……よろしくお願いします」


リシアはシラーの提案に乗った。


「君はどうかな」


後輩の返事に満足げに頷いた後、シラーはもう一人の少女に問いかける。


「行きます」


冷たく、即座に、普通科の少女は言い放った。


射るような鋭さを持った夜色の瞳を真っ向から見つめ、シラーは苦笑する。


「そう言うと思ったよ」


アキラの柳眉が微かに吊り上がった。


両者の剣呑とした雰囲気に気圧されながら、リシアは元親友を一瞥する。


いつか見たときと同じ戸惑うような表情で、マイカもまたリシアを見つめていた。


そうして、聖女の微笑みを見せた。

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