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報告と方針(2)

「なんか悪用されそう」


頬杖をつき、ハルピュイアは呟いた。その言葉を聞き逃さなかった夜干舎代表は耳をピンと立て、弁明する。


「私がそんな事をするニンゲンに見えるか?」


冗談ぽく笑うセリアンスロープを、ハロは訝しげに見つめる。ライサンダーはといえば代表を一瞥し、早々に作業に戻っていた。


三人のやり取りを横目に、リシアとアキラは席に着く。ライサンダーの隣の席に着いたアキラは、フェアリーの手元を気にするように一瞬視線を向けて、杯に口をつけた。


「注文は、これを見てくれ」


簾の隙間から、するりと紙が現れる。整った字が並んだ献立表だ。リシアは紙を手に取り目を通す。公用語で記された「日替わり」の下には、数行異国の文字が並んでいる。大陸からの来訪者にも配慮しているのだろう。


「店主が書いたの?」

「いいや、ライサンダーだ。代筆もやっていると言うから頼んでみた」


へえ、と女学生二人は感心したように声を上げる。各国の言語を操ると以前ハロが言っていたが、代筆をこなせる程だったとは。


冒険者として生活する上で必要な資質は、腕っ節だけではないのだ。


「代筆や翻訳は結構、需要があるんだ。専門でやってる奴等もいるぞ」


ケインの言葉でリシアが思い浮かべたのは、湖の小迷宮で地図を売っていた冒険者たちだった。瀝青出版のあの地図もはたから見た限り、多言語で刷られていたはずだ。


「剣より強し、と言うわけではないが硬筆も迷宮とは深く関わっているんだ。こういう依頼書とか、案内板とか、地図とか、遺書とか、冒険には必要だろう?」


そう言ってケインはライサンダーの手元の紙を指差す。


紙面には献立表と同じ整った文字で、「植生調査」と記されていた。


「国の依頼ですか」


アキラが呟くと、フェアリーは頷いた。


「はい。まだ大陸の活字が確保できていないようで、公用語以外の言語は行政文書でも手書きが主です」


それだけ大陸からやって来る冒険者が増えているのだろう。いくら公用語が主体といっても、他国の文字が併記されている方が依頼も目に留まりやすい。


「もっとも、代筆で稼げるのは今のうちでしょう」

「今のうち、というと」

「専門でやってる奴等がこれから流れ込んでくるってことでしょ」

「既に瀝青出版は来てるんだ。他の組合が渡ってくるのも時間の問題だ」


そう美味い話でもないようだ。やはり、冒険者は迷宮に潜ってこそなのだろう。


「で、何にするんだ」


店主に急かされる。軽食の項目の「豆のパイ」に目を引かれ、指し示す。


「これ、この間食べた豆のパンと同じ?」

「また違うものだ。折り生地に餡と塩漬け卵を包んで焼いたもの……と言ったら想像がつくか」


餡と塩漬け卵。


甘いともしょっぱいともつかない組み合わせにリシアは頭を悩ませる。


「それ、美味しかったよ」


アキラが後押しをするように感想を述べる。彼女の太鼓判があるのなら、間違いはないだろう。


「じゃあ、これを一つ」

「私は豚とイチジクの煮込みを」

「はいよ」


二人の注文を受け、店主は簾の向こうで調理を始める。同時に卓に置いた献立表が隙間から引き込まれ、ケインの前に飛び出た。


リシアは杯を取り、一口水を飲む。


「リシア、話ってなんだろう」


不意にアキラが話を振った。咳き込みながらなんとか言葉を返す。


「あ、え、えっとね……」


そうして、ここ数日のうちに起こった出来事について報告する。講師にアキラの事を告げようとした事、シラーとの事……。


「結局は、あなたとの事は講師に話したのだけど」

「そうなんだ」

「今のところ、私には何も処分は無いけど……あなたがどうなるか」


迷惑をかけたくはない。


これからも迷宮に共に行きたい。


二つの相反した本音が、リシアの声を小さくしてしまう。


一方のアキラはといえば、いつも通りの無表情で杯の水面を眺めていた。


「だからその」


アキラが決めて。


その言葉はこれまで発してきたどの言葉よりも無責任に思えて、リシアは口を噤んだ。もっと別の言いようがあるはずだ。


「リシア」


逡巡する友人の名を、アキラは呼ぶ。


「私は大丈夫だよ」


続く言葉に、リシアは目を見開く。


心なしか、店内の他の人員もアキラを注視し始めたような気がした。


「えっと」


リシアはアキラを見つめる。やっぱり顔色ひとつ変わらない少女の姿に、胸騒ぎが起きる。


あまりにも無機質だ。


「大丈夫、って」

「よく考えて言ってる?」


全員の視線が一点に向かう。脚を組んだハルピュイアは一瞬辺りを見回し、すぐに不機嫌そうに眉間にしわを寄せて口を尖らせた。


「……僕何も言ってないよ」

「明らかにハロの声だった」


セリアンスロープはへらへらと笑いながら赤銅色の髪を指に絡める。そうしてアキラをちらりと一瞥し、


「でも確かに、今の言葉は不安だなあ」


悪戯っぽく眼を細めて、セリアンスロープは杯の縁をなぞった。


ハロやケインの言葉をリシアは何度も反復する。


そう、不安なのだ。


その不安が、アキラにも伝わっているかが、わからない。


リシアは再び、アキラの夜色の目を見据える。


深く暗い色の瞳からは、彼女の考えを読み取る事は出来ない。

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