ひとりの昼食
感慨もなく授業を受け、昼休みの鐘を聞く。座学ばかりだったからか、時間の進みが遅い。伸びをして、机に突っ伏した。
隣のセレスが席を立つ。おそらく、食事をとりに一旦帰宅するのだろう。そうなると、昼休みは暇だ。
「それじゃ、また午後にね」
手を振ってセレスは教室を出る。ひらひらと手を振り返しながら、アキラは昼食の事を考えていた。
今日は、学食という気分ではない。かといって弁当を持ってきているわけでもないから、セレスのように学苑を出て食事に行こうか。
懐具合を確認する。買い食いには堪える。
朝の手紙が入った鞄を肩にかけて、席を立つ。学苑周辺、特に裏門近くには安く軽食を売る屋台が昼時から現れる。講師達からはあまり良い顔をされないが、その屋台で昼食を済ませる生徒も多い。昼食を取りに帰るには家が遠かったり、学食に不満を持っている生徒だ。
週初めは、肉と乾酪を炒め合わせてパンに挟んだ料理を売る屋台が出ているはずだ。それなら腹も十分に満たせる。
雑木林を歩いて程なく、裏門に至る。普通科の生徒もちらほらと見える中、目当ての屋台は盛況のようだった。陶貨を掌で転がしながら、列に並ぶ。愛嬌のある笑顔を浮かべた婦人が次々と商品を渡して行き、時々お釣りを渡す。ものの数分で、順番が回ってきた。
きっかり陶貨を三枚渡して、アキラは食事にありついた。
パンの割れ目にぎっしりと詰まるとろけた乾酪を眺め、かぶりつく。
美味しい。
伸びる乾酪を手繰るように食み、きりよく納める。濃い味付けの肉も下から覗いた。
肉と乾酪とパン。食べ盛りにはありがたい組み合わせだ。
もう一口頬張りながら、裏門脇の花壇の縁に腰かける。周囲にはパンの屋台の他に、揚げ物や菓子を売る屋台が連なっている。裏門をくぐっていく男子生徒が食べている淡白な川魚の揚げ物は、衣に薬味を混ぜているようで良い香りがした。何人かの女子生徒が覗く屋台で売っている菓子は、中が空洞の軽い生地に乳酪や砂糖煮を詰めたものだ。
あれ、好きかな。
パンに噛り付いたまま考える。基本的に甘いものが好物のようだったから、あの菓子も気に入ってくれるだろう。ちょっと味見をして、美味しかったら勧めてみよう。
そこまで考えて、ふと思い直す。
ごく自然に、あの人のことを考えていた。なんだかこそばゆい感じがして、急いでパンを詰め込む。
陶貨を数えて、菓子を売る屋台を覗く。ちょうど揚げたての菓子を並べたところだった。一つ指差す。
「スグリのをください」
はいよ、と青年は手早く菓子を仕上げ、新聞紙に包んで渡す。代金を支払って元いた花壇の縁に戻る。
早速味見をする。
魚風味。
思わず屋台の方を見ると、青年が鍋から魚の尾鰭がはみ出た揚げ物を取り出すところだった。
同じ店だったか。
早々に食べ切ろうと菓子の半ばまで齧る。はみ出たスグリの砂糖煮は熱々で美味しい。乳酪も少しゆるめでまろやかな味わいだ。たぶん、油を取り換えた後一番最初に揚げたものはもっと美味しいのだろう。
菓子を完食し、油がしみた新聞紙を丸める。手巾で指先を拭って、鞄の中から手紙を取り出した。
辺りを見渡す。周囲に同級生はいない。
両面を眺める。文字は無い。薄い蝋を剥がして目を通した。
……時折机に入っている手紙を読むと、「アキラ」という人間を垣間見ることが出来る。勿論、自分自身のことなのだから納得する部分もある。それでもこうやって記されている人物像の大半は、「自分とは思えない誰か」だ。
物憂げな横顔。
凛とした振る舞い。
心を見透かす眼差し。
誰なのだろう。周囲が知っている「アキラ・カルセドニー」は。
「アキラ」へ宛てた手紙を読み終える。
セレスが思っていた通りの内容だった。
返事をください。その一文が他よりも筆跡が濃い。
想いを告げられるのは初めてではない。それでもやっぱり、相手にどんな言葉を返せばいいのか、告白の度に悩んでしまう。
最初の時は伯母に相談した。一番身近な同性が彼女だからだ。しかし返された言葉は「学生は勉学が本分」という答えにならない答えだった。
結局、他からの助言で「気持ちに応えることはできない」と断る、という結論に落ち着いた。以後その返答で通している。
それでも対応できない事はある。
理由を聞かれた時だ。
「好きではない理由」を答えるのは、とても難しい。嫌いならまだ明確に答えることが出来る。だが、大抵の人間に対してアキラは嫌いになる理由も好きになる理由も無いというのが、正直なところだ。
他人に興味が無いのかとなじられたことがある。その時は……何も答えられなかった。
納得してもらえる答えを考えなければならない。それが相手に対する誠意なのではないか。
だがそれ以前に、もう一つ困った点がある。
アキラは再び手紙に目を通す。裏面をひっくり返し、無紋の蝋しか残っていないことを確認して溜息をついた。
やっぱり、差出人の名前がない。




