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持論

後輩を「危機」から救い、シラーは連れ立って図書館を出た。


そろそろ始業の鐘が鳴る。青い顔をした後輩に向かって微笑み、具合を伺うように声をかけた。


「……困った班員だね。これで縁が切れると良いけど」


一拍遅れてリシアは頷く。同意というよりも、反射的な動作だった。


「なかなか班員が見つからないようだったら、いつでも相談してほしい。出来るだけ力になるよ」


シラーはそう囁く。途端、リシアは上ずった声を出した。


「あの、何故、あんな嘘を」


そう呟いて、後輩は目をそらす。「嘘」という言葉が失礼な響きのように思えたからだろうか。そんな後輩を宥めるように、シラーは静かに答える。


「それが、君と友人の為になると思ったからだよ」


後輩は困惑したように眉をひそめた。言葉を続ける。


「君が恐れているのは、アキラさんに迷惑がかかってしまう事だろう。彼女の名を出さずにいられたら、それが一番いい」


普通科の生徒が絡んでいると知ったら、講師がどんな処断を下すのか。それはシラーにもわからない。


アキラとリシアの関わりについて伝えるのは、講師の意向を詳しく知ってからでも遅くはないだろう。


「……二人の成果を横取りしてしまうような形になってしまったのは、申し訳ないと思う」


取ってつけたように非を告げる。しかし後輩はシラーの謝罪には目もくれず、目を伏せて一心に考え込んでいた。


「ずっと、アキラに対して不誠実だったから」


口端から言葉が溢れる。


「エリス先生にも本当の事を言いたかったんです。いえ、言わなきゃ」

「楽になりたいから、そうだろう?」


逃げ道を潰すようにシラーは囁く。


「確かに良心が咎めるかもしれない。でも、本当の事を講師に告げたら、今よりもずっと悪い状況に進む可能性だってある。それこそアキラさんに多大な迷惑がかかるような」


後輩の手を取る。剣を持って日が浅い、まだ皮膚が柔らかな手だった。


「何も言わない、それだけでいいんだ」


手の甲に口付ける。


驚いたのか、リシアはシラーを凝視したまま身動き一つしない。その様子をシラーは内心面白がりながら見つめる。


「大丈夫。口外はしない」


そう告げた途端、シラーの手中からリシアの手が滑り出た。後輩は迷宮科棟へと行き去る。


口を閉ざしてくれるだろうか。


ふらつく後ろ姿を見送りながら、シラーは溜息をつく。リシアの性格なら、再び秘密を抱え込むだろう。そうしてくれたら都合が良いが、いつ暴発するかわからない。


少し気にかけたほうが良さそうだ。


シラーは迷宮科棟に向かう。途中、早朝の喧騒が気になって中庭を覗こうと思い、少し寄り道をした。


彼方の火の粉が降りかかってきたら困る。もしもの事態に備えて全容を把握しておきたい。


人通りの多くなってきた苑内を歩き、中庭に向かう。


正門から続く道の先に、見覚えのある赤いジャージ姿が見えた。


普通科の女生徒はシラーに気付くと、真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来る。


珍しい。いつもは避けるのに。


そう思うのも束の間、アキラはシラーの目の前で立ち止まって口を開く。


「少し、話したい事が」


ぞくぞくするような低い声だった。半ば気圧されながらもシラーは中庭を指差す。


「ここで話せる事かな」


そう言い切る前に、アキラは黙って指差した方向へと歩いていく。その後をシラーは苦笑しながらついていった。


朝の騒ぎは何処へやら、もう誰もいない中庭で二人は立ち止まる。校舎の大時計を気にするように一瞥して、女生徒は口を開く。


「昨日、嘘をつきましたね」


シラーは口元を覆う。意外に露見が早い。それとも、鎌をかけているのだろうか。


「嘘とは」

「あの時点で、攫われたのが学苑の生徒だとは誰もわからなかった筈です。捜索していた衛兵ですら知らなかった」

「……」

「何故、あんな嘘を」


困った。


シラーは少し考え込み、少女に正直に話すことにした。


「君を試したんだ」


そう告げると、アキラの頬が微かに上気した。すぐさま少女はシラーを糾弾する。


「あの状況で、そんなふざけた事を」

「申し訳ない」


憤慨するアキラの言葉を遮るように、薄っぺらく謝罪を述べる。


「でも、予想通りだった」


アキラが口を引き結んだ。シラーはほくそ笑む。


「君はリシアを助けに行った。まるで美談だね。行方不明の友人を助けるために怪物の住処を探すなんて……それに今回だけじゃないだろう?」


僕には理解出来ない。


シラーは吐き捨てる。


「衛兵に任せれば良いのに、何故わざわざ自分で探しに行ったのか」

「リシアの安否が知りたくて、居ても立っても居られなかったからです。いなくなった友人の心配をするのはおかしな事ですか」

「何故そんなにリシアを気にかけるのかな」

「……何が言いたいんですか」


静かにアキラが問う。


彼女の瞳を見つめ、シラーは答えた。


「君もリシアと同じだ」


その言葉の意味が理解出来なかったのか、アキラは立ち竦む。


「僕には君が、彼女を利用しているようにしか見えないんだ。リシアのためだなんて、上手い言い訳だね」


虚を突かれたようにアキラは目を見開く。その姿を見て微笑みながら、シラーは畳み掛けるように告げる。


「君はリシアを口実に、迷宮に行きたいだけなんだ。リシアはまだ思ってもいないみたいだけど、君も自分と同じだと、気が付いたらどうなるかな」


でも、と言葉を一旦切る。少女の手を取り、囁いた。


「……僕は、君に利用されても構わないよ。これは本心だ」


沈黙する。


アキラは変わらずシラーを見つめ、不意に口を開いた。


「試すだとか、利用だとか」


その声が、僅かに震えていた。


「そんな形でしか人と関われない……あなたの思想を、私達に押し付けないでください」


手を振りほどかれる。


予想通りの反応だったが、怒気のこもった目に見つめられ、シラーは言葉に詰まってしまう。


「リシアを助けに行ったのは、友達だからです。他意はありません」


そう言い切って、少女は背を向けた。


「それはリシアも同じだと、信じています」


小さな希望をこぼして、女生徒は去っていく。一人中庭に残されたシラーは顔を覆い、耐え切れなくなったように笑い声を漏らした。

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